『松林図屏風』萩耿介

松林図屏風ときは、安土桃山時代。
狩野永徳率いる狩野派全盛期に独自の画風を極めた、絵師・長谷川等伯を主人公にした歴史小説である。タイトルとカバーに使われている「松林図屏風」をはじめ、作品の多くは重要文化財に指定されている。

といっても、本書はひとりの天才芸術家を追った評伝、という単純なものではない。
本能寺の変から始まり、徳川家康の天下で幕を下ろす物語。ときの権力者が目まぐるしく変わるなかで、己の生き方を真摯に見つめる市井の人々の姿に光を当てた作品だ。
地位や名誉、富や権力がなにほどのものか。虚ろな幻に翻弄される世の中を悠然と見下ろすような作者のメッセージが小気味良い。本書が、拝金主義が招いた世界金融危機の中での日経小説大賞受賞作、というところに、皮肉なものを感じてしまうのは私だけだろうか。

等伯の静かで広がりのある画風さながら、抑制の効いた筆致でじっくり読ませる。
ただ、語り手が細切れに入れ替わることもあって、なかなか主題がみえてこないスロースタートな作品である。物語に入り込むまで、多少時間がかかるかもしれない。
公家の血にこだわる役人・入江義晴視点になったときはどうなることかと危ぶまれたが、ラストはしみじみとした感動をもたらしてくれる。

本書は三章からなるが、芸術家魂を堪能できるのは、等伯の次男・久蔵視点の第二章だろう。
自らの命を削って生命力にあふれた襖絵「桜図」を完成させるまでの描写は、その烈々たる気迫に思わず息を呑む。キリシタンの油絵をヒントに胡粉で桜の花弁を立体的に描いた、というのは作者の創作なのだろうか。西洋と東洋の融合があの傑作を生んだとしたら、おもしろい。
生の中に死を見、死の中に生を見つめる。「この世あらざる絵」という視点で、等伯が最後に辿り着いた境地を浮き彫りにしたところに深い感銘を受ける佳作である。[Amazon]

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