『青年時代』トルストイ

青年時代自分の才能に自惚れたかと思えば、周囲の目がひどく気になり自信を失くす。ありのままの姿をさらけ出すのが怖くて、必要以上に自分を格好よく見せてしまう。
精一杯背伸びして大人になろうとした、あの頃―。
『幼年時代』『少年時代』に続く、トルストイの自伝的小説第三段である本書は、青年時代の堕落と改悛、精神的発奮の目覚めまでを綴った一冊である。

若さゆえの無知と過ち、とはさすがに言い過ぎだろうが、周りに流され本来の自分を見失った16歳のニコライ(=トルストイ)の姿は、かなり痛々しいものがある。
私自身、覚えがあるものだから、彼の心情や行動が嫌になるぐらい分かってしまうのだ。
傲慢で、世間知らずで、打たれ弱くて。
若いというのはそれ自体素晴らしいことであり、また、罪なことなのかもしれない。当人はまったく気づいていないけれど。
大人ぶって初めて吸った煙草で意識がもうろうとなり、「いよいよ自分もあの世行きかなあ」と思う場面や、気負って出かけた舞踏会で怖気づき、女性相手に「十年後の今でも思い出して恥ずかしくなるような戯言をしゃべり始めた」場面など、ユーモアたっぷりに描かれていて思わず頬が緩んでしまう。

少年時代の終わりに掴んだ善徳の思想に従ってこれからの人生を有意義に過ごしていこう、と固く決意したのも束の間、大学生活や友人との付き合いといった日々の忙しさに追われ、思想的探究心からはいつしか遠のいていく。
代わって主人公の心を占めるようになったのは、虚栄心と傲慢さ。
裕福な貴族出身の彼は、一般庶民や粗野な人間を見下し(「平民共」という表現を好んで使っていたことに驚く)、恵まれた環境にいる自分を特別な存在だと信じていた。が、そんな調子にのっていた彼に、予想だにしなかった鉄槌が下る。
残念ながらこの『青年時代』では、主人公が自らを省み、再び精神的発奮を抱くところまでで終わっているのだが、この時の経験がのちの大作・思想につながっていくのかと思うと感慨深いものがある。

亡き訳者が「世に出るまでこのノートは守り続けてほしい。もし火事になったら一番に持ち出してくれ」と言い残したほど愛した「時代」三部作。
文豪トルストイの原点を探ることのできる作品を、名訳ならぬ“心訳”で読むことの幸せに浸ることのできる読書体験であった。[Amazon]

ロシア:北御門二郎・翻訳

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