『楽園への疾走』J・G・バラード
- J.G.バラード
- 東京創元社
- 1050円
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書評
何をもって「幸福」とするのか一人ひとり違うように、「楽園」の定義も十人十色。
誰もが夢見る「楽園」なんて、どこまでも幻想に過ぎないのではないか?
それでも地上の楽園を追い求めずにはいられない人間の性を思い、暗澹たる気持ちになる一冊である。
核実験の脅威からアホウドリを救うため、タヒチ沖に浮かぶサン・エスプリ島でデモ活動する16歳のニールと四十代の女医バーバラ。
最初はわずかな賛同者しかいなかった環境保護運動が、やがて世界中の注目を集めることになり、努力の甲斐あって島は絶滅危惧種の自然保護区へと生まれ変わる。めでたし、めでたし。
・・・とは終わらないのが、おもしろいところ。というより本書の眼目は、「楽園」誕生後の狂い始めた世界にある。
てっきり環境保護運動の欺瞞を暴いた作品なのかと思いきや(もっとも、そういった面もある)、バラードの想像力は、こちらの予想をいとも軽々と飛び越えてしまう。
バーバラの真意は、一体何なのか?彼女の妄想が具現化していくにつれて、おぞましい実験場へと変貌を遂げるサン・エスプリ島。
移り住んだ人々が、彼女に少しずつ追いつめられ、感化されていく様子が非常に怖い。これはホラー小説か。
そしてなにより恐ろしいのは、狂った世界を当人たちが理想郷として受け入れていくところにある。さながら「破滅への疾走」へと化す倒錯した楽園像が、ここでは映し出されているのだ。
その過程を不自然なく描き出すところが、バラードの巧さだろう。バーバラに心酔し恋愛に似た感情まで抱くニールは、彼女の異常さを認識しつつも、“良き”理解者となる。それは、父親の自殺のショックから立ち直れず、彼自身が破滅的思想や死に魅入られていたからに他ならない。ラストの一文に、ぞくり、と寒気が走った。
ただ、90年代に書かれた作品にしては、ここで投げかけられている問題提起は少々古いように感じる。まあ、いつの時代でも通用する命題なのかもしれないけれど。
アメリカ:増田まもる・翻訳
※本書は、本が好き!経由で献本していただきました。

楽園への疾走

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