『この世でいちばんすばらしい馬』チェン・ジャンホン
この地球で、我が物顔で振る舞う人類。思考・創造し、堂々たる文明社会を築き上げた。
が、果たして「優れた」生きものと、胸を張って言えるのだろうか?傷つけ合い、自然を破壊して自らの命や種の生存を脅かしかねない、このやっかいな生きものを。
むかしむかし、ハン・ガンという絵を描くのが大好きな少年がいた。道具を買えないほど貧しかったが、高名な画家の目に止まり、その元でめきめきと腕を上げていく。
数年後、宮廷の絵師となったハン・ガンの元へ、ひとりの武将が訪ねて来る。彼の描く馬は生きて絵から飛び出すぐらい素晴らしい、との評判を聞きつけ、戦場を勇敢に駆け抜ける名馬を一頭描いてもらいに来たのだった。
ハン・ガン(韓幹)という8世紀の中国に実在した宮廷画家をモデルに、平和で穏やかな世界を願う作品である。
といっても、物語が進むにつれてクローズアップされていくのはハン・ガンではなく、彼の描いた馬の絵だ。実際ハン・ガンは、素晴らしい馬の絵を描いたことで有名だという。
『ウェン王子とトラ』ではトラが大粒の涙を流したが、今回は馬。勢いよく絵から飛び出し、戦場で獅子奮迅の活躍をする馬が見た、狂気と悲惨。畜生でも戦の残酷さ・愚かさに心を痛めるのに、当の人間たちは気にも留めず突き進む。このコントラストが、なんとも皮肉である。
とりわけ、アップで描かれた馬の表情が、胸を打つ。どれだけの言葉を重ねようとも、この表情に勝る説得力はない。
『ウェン王子とトラ』では、「親子愛」、「母の愛」といったものがテーマだったが、この『この世でいちばんすばらしい馬』では、もっと視野を広げて「平和」に主眼を置いている。たしかに、家族の幸せも国の繁栄も、平和な世界があってこそ。
破壊ではなく、創造を。諍うのではなく、友情を。悲しみの果てに馬が辿り着いた先とは―。作者のチェン・ジャンホンは、戦争に対抗するものとして、文化・芸術の持つ力を信じているのかもしれない。
ところで、本書の絵は、ハン・ガンと同じ手法を使って絹地に描かれている。なるほど、よく見るとうっすらと布地の模様が。原画だと、もっと綺麗なのだろう。
水墨画の手法で描かれた美しい絵。大型絵本ならではの迫力で読み手の心を強く揺さぶる、素晴らしい一冊である。[Amazon]
フランス(中国出身):平岡敦・翻訳



コメントはまだありません。