『リリアン』エイミー・ブルーム
「何がバカなのよ?やらなきゃならないとなったら、できるものよ」(作中より)
お先が真っ暗に思えた時。そこで選択すべきは、「生きるか、死ぬか」ではなく、「しぶとく生きるか、みじめに生きるか」なのではないか。
どれだけ踏みつけられようとも、不運を呪いたくなろうとも、人間には絶望の淵から這い上がれる力が、必ずある。数々の苦難にもめげず、前へ前へと進み続けた主人公リリアンがそうであったように。
1924年、ポグロム(ユダヤ人迫害)で両親と夫、幼い娘を失い、ロシアから単身ニューヨークへ渡った22歳のリリアン。もはや失うものなど何もない彼女は、仕事を掴み取り、雇い主の親子と愛人関係を結んで安楽な暮らしを手に入れる。
ユダヤ人虐殺の悲劇、あるいは新天地でしたたかに順応していく移民女性の姿を描くのかと思いきや、死んだはずの娘が生きている、との知らせを受けてから哀切漂う空気は一変、我が子を探し求める母親のすさまじい冒険譚へと様変わりする。
本書を手に取った人の多くは、リリアンのたくましさ、生への貪欲さに圧倒されるはずだ。
夜ごと悪夢にうなされながらも、辞書と類語辞典を片手に異国を生き抜くリリアン。美貌を武器にして、アンモラルな生活を受け入れるリリアン。可憐な女性の、一体どこにこんな力が秘められていたのか。
彼女の真価が発揮されるのが、母として我が子を一心に思う時だろう。手に入れた暮らしを投げ打って、極北の地・シベリアを目指す過酷な道程は、そのままリリアンの背負った現実を物語る。
旅の途中で交差する、幾人もの人生。
作者は、その邂逅とリリアンが見届けることのない未来を織り交ぜながら筆を運んでいく。ひとりの女性の歩みを追っていくうちに、いくつもの人生のドラマが読み手の元に残される、本書はそんな小説である。
けっして完璧とはいえない登場人物たちの姿がすがすがしく感じられるのは、彼らが現状を嘆くことなく、淡々と自分の道を進んでいるからかもしれない。運命に翻弄され続けたリリアンが神にすがらず、自分が経験した確かなこと―運、飢え、不安、好奇心、意思のみを信じて行動していたのが印象的だ。
辛く苦しい日がある。涙にくれる悲しい日も。それでも、生きていくことは素晴らしい。その歩みの中に、希望がある。読後、しみじみとした感動に包まれる一冊である。[Amazon]
アメリカ:小竹由美子・翻訳
Away
Amy Bloom




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