『そばかすの少年』ジーン・ストラトン・ポーター

そばかすの少年 (光文社古典新訳文庫)子どもの頃、毎週楽しみに観ていたテレビ番組に、「世界名作劇場」というアニメがあった。
私にとっては、小公女も、小公子も、あしながおじさんも、本より映像の記憶の方が鮮明である。視聴率低下による放送終了を知った時にはもう、アニメに心躍らせる年齢ではなくなっていたのだけれど、一抹の寂しさを感じたのを覚えている。
もう一度、観たいなあ。本書を読んで、そんなことを思った。

そばかす顔の主人公。女の子だと「キャンディ・キャンディ」だが、こちらは少年のお話である。
この少年、数ある児童文学の主人公の中でも、かなり悲惨な身の上だ。
赤ん坊の頃、右腕を切り落とされた状態で捨てられ、孤児院では冷遇され、引き取り先の家庭でもいじめられる。片腕もなく、親もなく、自分の本名すら知らない。彼に与えられたのは、およそ名前とも呼べないような〈そばかす〉という愛称だけ。
心身ともに欠落を抱えた少年が、リンバロストの森や人びとの愛情に包まれてたくましく成長していく姿を描いたのが本書である。

まっとうで、すがすがしい物語。まさしく、「子どもに読ませたい本」である。
個人的には、生きることの厳しさや残酷さを織り込んだ『鹿と少年』のような児童文学の方が好みだ。『そばかす』の清冽さは、子どもの頃読むのならともかく、ピュアな心もすっかりくたびれてしまった私には、正直むず痒いものがあった。
読者サービス旺盛なベタな展開のストーリーは、とりたてておもしろいものでもない。が、子ども向けの単純な作品、と切って捨てることのできない魅力が、たしかに本書にはある。
それは、リンバロストの森の情景であったり、動物たちの生態であったり、物語を縦横無人に動き回る少女〈エンジェル〉であったりと、あらすじからこぼれ落ちてしまうようなところ。放浪者が主人公の『リリアン』『母アンナの子連れ従軍記』を並行して読んでいたせいか、豊かな森に囲まれて生活を営む人びとの姿に、どっしりと根を下ろした安心感のようなものを感じた。

どんなに科学技術が発達しようとも、人は自然と切り離されて生きていくことはできない。美しい森を舞台に、人と自然、人と人との絆を描き出した『そばかすの少年』は、そんな単純な理を思い出させてくれる。
不遇の象徴であった〈そばかす〉という呼び名が、読み進めていくうちに愛情や信頼の代名詞に感じられたのがよかった。[Amazon]

アメリカ:鹿田昌美・翻訳

マンガ版・そばかすの少年
竹宮惠子
そばかすの少年 (ポケットコミック (13))

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