『戦場の画家』アルトゥーロ・ペレス・レベルテ

戦場の画家 (集英社文庫)この世に生まれ落ちた瞬間から、誰しも「死」を背負っている。人の一生はいわば、死へのカウントダウン。
命の猶予期間をどう過ごし、どのように意義づけるのか。そんな鋭い問いかけが、深々と胸に突き刺さる傑作である。

旧ユーゴ紛争中の兵士を写した一枚の写真。
カメラマンには戦争写真家としての地位と名声を、兵士には拷問と悲劇をもたらした。
それから10年後。地中海にのぞむ望楼で戦争風景の壁画を描いて暮らしている主人公フォルケスのもとへ、元クロアチア民兵が訪れる。マルコヴィチと名乗るその男は、自分の人生を大きく狂わせた主人公に復讐しにやって来たのだった。

物語は、フォルケスとマルコヴィチの6日間にわたる対話を軸に、戦場カメラマン時代の回想や壁画制作の様子を織り交ぜながら展開していく。淡々とした対話ながら、長い間死線を彷徨ってきたふたり、そして今なお命のやりとりをするふたりの間には、ピンと張り詰めた緊張感が漂う。
撮影者と被写体。殺す者と殺される者。どちらにも自分なりの言い分がある。立場の異なる両者はしかし、戦場をその身で体験した、最も共感し合える関係でもある。ふたりの対話はあたかも、「殺す理由」と「死ぬ理由」を確認する共同作業だ。

緻密な構成、縦横無尽に展開される絵画論や戦争論、ラストまで緊迫感をもって描かれるミステリー仕立ての本作は、ひとつの完成された芸術品のような美しさである。写真でも絵でもなく、小説でしか表現できないこの世の真実が、ここにある。
物語を通して、長年戦場ジャーナリストとして活躍してきた作者の筆は、容赦なくリアルに戦争の悲惨さを浮き彫りにする。が、作者の真意はその“特殊性”を強調することではない。むしろ、「特別なことはなにもない。あなたの人生とおなじですよ。ほかの人たちとおなじです。」(P.315)と、私たちの日常と戦場とを隔てる心理的な壁を取っ払うことにあるのだと思う。

フォルケスの論理には人生に対する諦念を(最後にマルコヴィチが主人公に放つセリフが痛烈だ)、マルコヴィチの理屈には責任転嫁を。ともにある種の“逃げ”を感じてモヤモヤしてしまった私だが、戦争の犠牲者の「生きていた証」を撮り続けたフォルケスの恋人・オルビドの姿勢には、救われる思いがした。
人は皆、死から逃れることはできない。けれど、その限られた一生をどう肉づけし、形づくっていくのか―それを決めることは、誰にでもできるのである。[Amazon]

スペイン:木村裕美・翻訳

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