『カレーソーセージをめぐるレーナの物語』ウーヴェ・ティム
きっかけは、ほんの偶然。
第二次大戦下のドイツ、男女の出会いと別れのドラマから、ある食べものが生まれた。カレーソーセージ。輪切りにしたソーセージを、カレー粉とケチャップを混ぜ合わせたソースに絡めて炒めた、ドイツの庶民的な食べものである。
一見相容れない「カレー」と「ソーセージ」がどのようにして結びつき、広く親しまれるようになったのか?その誕生の謎に迫る時、戦中戦後の混乱をたくましく生き抜いたひとりの女性の人生が浮かび上がってくる。
おいしそうなタイトルにそそられて手に取ったのだが、意外にも物語は食糧事情の厳しい終戦間際のドイツが舞台だった。しかも描かれているのは、親子ほどに歳の離れた男女のラブストーリーである。
戦争を生き延びたい若い海兵ブリュッカーと、女性としての欲求に突き動かれた40代のレーナ。打算から始まった秘密の同棲生活は、二人の間に緊張感と奇妙な一体感をもたらすようになる。
この作品、さりげなく配置された出来事が、後の登場人物たちの行動に繋がって意外な展開をみせていくのがおもしろい。
ブリュッカーが保身からついた些細な嘘が、恋情を募らせるレーナにある嘘をつかせ、その結果長引いた「戦争」がブリュッカーとレーナの心身を徐々に蝕み二人に決定的な別れをもたらす、といった具合に。まるでドミノ倒しを眺めているようなおもしろさがある。
死と隣り合わせの深刻な時代背景にもかかわらず、物語はどこか飄々とした明るい印象を残す。それは、「食べる」という行為が中心にあるからだと思う。
正確な文章は忘れたが、大平健の『食の精神病理』という本の中で、「食べる行為は、愛情を取り込むこと」という指摘があった。物の極端に不足した時代、レーナは創意工夫で次々と舌と心を満足させる代用食を作っていく。〈どんぐりのコーヒー〉、〈にせの蟹スープ〉、極めつけは偉大な〈カレーソーセージ〉・・・。そこには、殺伐とした時代でも枯れることのない愛情があふれている。
〈カレーソーセージ〉はいわば、生命力であり、庶民のたくましさであり、愛情の象徴なのだ。悲しみも苦しみも、スパイスとなって人生をより豊かで味わい深いものにしてくれる。甘くてぴりりと辛いレーナの物語は、からだの深いところから力が込み上げてくる美味しさであった。[Amazon]
ドイツ:浅井晶子・翻訳



私もこのタイトルには惹かれました。
ぐらんぼんさんの言葉を読んでいると読みたくなり、図書館で予約しました。
ありがとうございました。
>west32さん
コメントありがとうございます。
良い小説なので、おススメです。
そういえば、ちょうどこの本を読んでいるとき、「カレーソーセージ博物館がベルリンにオープン」というニュースが流れてました。
カレーソーセージって、どんな味なんでしょう。