『黙って行かせて』ヘルガ・シュナイダー

黙って行かせて過去に犯した罪をどのように裁き、どう受け入れるのか。
戦後のドイツ人は、ナチズムという負の遺産を前に、徹底した自己批判とその反動とのはざまで苦しんできたといえる。
執拗に、繰り返し語り継がなければ記憶は風化する、あっけなく。その意味では、真に“戦争”が終わることはないのかもしれない。そんな終わらない戦争を、母と子の確執を通して描き出したのが、本書である。

60代の女性が27年ぶりに母親に会うため、介護施設を訪れるところから物語は始まる。
かつて母は、ナチス親衛隊に入隊するため幼い彼女と弟を捨てて出て行ったのだった。辛い幼少期を経て彼女が母と再会したのは、それから30年後のこと。自分の母親が元ナチス親衛隊員と知った時の衝撃、誇らしげに強制収容所での仕事ぶりを語る母の姿が、苦々しく主人公の脳裏に甦る。そして再び淡い期待と決意を胸に、余命わずかな母と対面することに・・・。

ここで読み手としては改心した姿を想定するのだが、その予想はあっさり裏切られてしまう。母親は、今でもナチス親衛隊員だったことを微塵も後悔していないのだから。
いや、「微塵も」という表現は語弊があるだろうか。ゆっくりと壊れていく脳は過去を消し去りたい彼女の本心の表れであり、言い訳がましく語る姿に娘は母の弱さを見る。自分の行為を正当化する様は、憤りを通り越して哀れみすら覚えた。

毒ガス、人体実験、拷問など、母子の対話から次々と明らかにされる出来事は吐き気をもよおすほど生々しい。だがそれ以上に、本書が自伝小説という事実に愕然とする。
作者のヘルガ・シュナイダーは、ナチ戦争犯罪人の娘という立場から目を背けることなく、ナチスの犯した愚行と真正面から向き合っていく。小説を書く作業は、相当な苦痛を伴ったことだろう。
母親というのは、誰にとっても特別な存在である。だが作者と母の絆は、ナチズムで繋がれた、忌まわしいもの。そこから解放されたいのに、母を愛することも憎むこともできない娘の複雑な胸中が、悲痛なまでに綴られていく。
この作品に、安易ななぐさめも、救いもない。それでも、伝えなければならないのだ。そんな作者の強い覚悟が伝わってくる一冊である。[Amazon]

ドイツ(イタリア在住):高島市子・翻訳

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