『朗読者』ベルンハルト・シュリンク
ヘルガ・シュナイダーの『黙って行かせて』を読んで、久しぶりに本棚から引っ張り出してきた。
どちらも、過去の罪と向き合うことや相手の心を理解することの難しさをテーマにしたドイツ文学である。一方は、母と子の再会を通して。他方は、親子ほどに年の離れた男女の恋愛を通して。
訳者あとがきにあるように、本書は再読するとより深く味わえる一冊だと思う。そう行動しなければならなかった登場人物たちの葛藤が、心の揺れが、切々と胸に迫る。
15才の少年と母親のような年齢の女性との情事、戦争犯罪裁判、ハンナがひた隠しにしていた真実と彼女が取った行動…。初めて読んだときは、前半と後半のギャップに加えて、次々と明らかになる衝撃的な出来事に目を奪われがちだった。なにより、ナチス問題というのは、物語を暗いトーンに落とす上、読み手の思考を一種の麻痺状態にさせてしまうほどのインパクトがある。
もちろん、大勢の罪なき人びとの命が奪われた事実は、明るく語るべきものではないだろう。が、ナチ戦争犯罪人を糾弾し、ハンナの無知を蔑み、ミヒャエルの優柔不断さを責めるだけでは、なんの解決にも犠牲者の救いにもならないのだと思う。
「あなただったら何をしましたか?」
これは、ハンナの行為を批判的に追及する裁判長に、彼女が投げかけた痛烈なひと言である。
もし、私だったら何をしたか―。現代に生きる我々は、歴史を知っている。それがどんなに酷く愚かな出来事であったか、ということを。しかし、今の立場や価値観でもって当時の人びとを一方的に非難するのは、どこか間違っていると思うのだ。
この作品はナチズムだけでなく、他にもさまざまな問題を内包した一冊である。
個人の自由と尊厳を巡る考察、法律の限界、戦後ドイツ人のナチズムに対するスタンスへの懐疑、少年期の恋愛がもたらす影響、ハンナの抱える事情から浮かび上がる問題…。物語の解釈は、まさに読み手一人ひとりに委ねられている。
私が本書を読んで強く感じたのは、距離感の難しさ、ということである。
人なり、問題なりがあったとして、それに対して自分がどの程度踏み込んでいくのか、あるいは踏み込んでいっていいものなのか。
ミヒャエルは、彼なりのやり方でハンナと向き合っていく。それが正しいか、正しくないかは別として。愛情と後ろめたさのはざまで揺れ動く様は、読んでいてじれったい。だがこの姿こそ、戦後のドイツ人が抱える苦悩そのものなのではないか。
作者ベルンハルト・シュリンクは、親の世代の罪を糾弾するのではなく、かといって許容する訳でもない。ひとつの具体的な男女のラブストーリーを通して、ナチズムの問題・戦争の悲劇を描き出す。思えば、ハンナが切実に欲していたのは、物語だった。本書は、小説の持つ力と可能性をも感じることのできる作品なのである。[Amazon]
ドイツ:松永美穂・翻訳



映画化されて私のブログもこれを検索して見える方が最近多かったです。映画化されるというのはそんなに注目される事なのだなあと改めて思ったりしました。
素晴らしい作品なのに、「15歳の少年と中年女の恋」というセンセーショナルな部分を全面に押し出した売り方がまずくて、古本屋に山積みになっている不運な本です。だから映画化で注目されるのはこの本にとってもよかったのかも知れませんね。
>piaaさん
コメントありがとうございます。
映画、どうなんでしょうね。
たいてい失望することの方が多いので、あまり期待してないんですが…。
>古本屋に山積みになっている不運な本
100円で叩き売られているのを見ると、もの悲しい気持ちになります。良い小説なだけに。
あれは、出版社サイドの宣伝手法がマズイですよね。
すみません、叩き売りで買って読みました。
確かに良い作品です。ある意味はじめの少年と母親世代の情事というのはかなりセンセーショナルです。映画もそれを売りに出しているようで私は結果として見に行きませんでした。
でも…..この本を読んで映像化されたものも見てみたいなぁと。日本と感じ方は違いますが、ドイツの戦争に対する思い、それを真っ直ぐに投げているようなこの作品。心にひっかかりを落としていきました。
>west32さん
コメントありがとうございます。
おそらく売った人は、思っていた内容と違ってたんでしょうね。
>ドイツの戦争に対する思い、それを真っ直ぐに投げているようなこの作品
翻って日本はどうなんだろう、と考えてしまいます。
南京大虐殺や従軍慰安婦問題はなかった、と言う人がいるぐらいですし。
この作品を映像化するのって、ものすごく難しいように思うのですが、
どう表現しているのか、その意味ではとても気になります。