『分別と多感』ジェイン・オースティン

分別と多感 (ちくま文庫)どうやら男女の仲というものは、ジグソーパズルみたいにはいかないらしい。くっついたり、離れたり、ぴったりはまっていたはずが徐々に隙間が広がってきたり…。
当人どうしが「これぞ運命の人!」と信じていても、あっけなく破局してしまうものだし、周りがあれこれ世話を焼いたからといって上手くいくものでもない。性格や好みの前に、相性や巡り合わせといった、つかみどころのない要素がでん、と立ちはだかるのが恋愛の常である。

理性的な姉エリナーと、情熱的な妹マリアン。
対照的な性格のふたりは、それぞれ自分の好みに合った男性と出会い、恋に落ちる。そのまま「めでたし、めでたし」で終われば500ページ強の分量はいらない訳で、そこへ年頃の男女や親たちの思惑が複雑に絡み合って、物語は思いもよらない方向へと動き始める。その紆余曲折の恋のドラマを、辛辣な人間観察眼を交えて描いたのが本書だ。

ハッピー・エンドと分かっていても、先へ先へと読み進めずにはいられないところがオースティン小説の魅力だろう。これぞ、読書の醍醐味。
それにしても、よくもまあ、こんなに欠点だらけの人間が勢ぞろいしたものである。それとも、欠点を抱えた人びとの“人間らしさ”を表現豊かに描き切った作者の筆力が見事というべきか。あたかも、動物園ならぬ“人間園”を眺めているようなおもしろさがある。

おそらく本書を読んだ人の多くは、エリナーかマリアンどちらの女性がタイプか、つい考えてしまうのではないだろうか。
あそこまで精神力が強くないとはいえ、私は完全にエリナー寄りの性格なので、自分自身を見ているみたいで身につまされるものがあった。かといって、周りを気にせず感情のままに振る舞うマリアンもどうかと思う。
要は、バランスの問題なのだ。理性一辺倒ではあたたかみに欠けるし、感情に振り回されるのも愚かである。
静と動、正反対の姉妹をヒロインに据えたこの『分別と多感』。「理性か、感情か」という二者択一を迫られるようでいて、実のところ、人間はそんな単純に割り切れるものじゃないのだ、ということにふと気づかされる作品である。なんといっても物語の白眉は、マリアンが家族の愛情に気づいて自分の悩みに汲々としていた状況から抜け出すところであり、エリナーが喜びのあまり感情を爆発させる場面なのだから。

そういえば、帯のコピーに使われている「一生に一度しか恋はできない。」という作中のセリフは、逆説的で意味深な言葉である。
「一生に一度」の執念で人は恋をする。ただ悲しいことに、すべて思い通りにいくとは限らない。けれど、何度だってやり直せるし、いつでもまた始められる。一度は恋に破れたエリナーとマリアンに予想だにしなかった結末が用意されていたように。組合せの妙だけでなく、再起のドラマにも心奪われてしまう物語。[Amazon]

イギリス:中野康司・翻訳

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