『ノーサンガー・アビー』ジェイン・オースティン
ジェイン・オースティン6長篇の中で唯一文庫化されていなかった小説が、ついに(というかやっと)新訳で登場。
この『ノーサンガー・アビー』(ちなみにキネマ旬報社版は、「アビー」ではなく、「アベイ」)は、オースティン22、3歳頃に書かれた初期の作品である。紆余曲折を経て出版されたのは、執筆から20年近く経ってからのこと。
ヒロインも作者も若いためか、なんとも初々しい作品である。本書を読むときは、できればまっさらな気持ちで。傑作とは言い難いものの、瑞々しく軽やかなタッチは読んでいて心浮き立つものがある。
主人公のキャサリン・モーランドは、田舎育ちの17歳。とりたてて美人でもなく、才能に恵まれているでもなく、波乱万丈の人生を送ってきた訳でもない。いわゆる「普通の」女の子だ。作中では、この「平凡なヒロイン」ということが繰り返し強調される。というのはこれまでの小説では、過酷な運命を耐え忍んで成長するヒロインが一般的だったからだ。
極論すると本書の特徴は、「何も起こらない」ことである。
ゴシック小説好きのキャサリンは、物語のような出来事が起きることを期待するが、きまって肩透かしを食らってしまう。どこまでも暴走するキャサリンの妄想ぶりが、痛々しいぐらいに笑える。文系女子は昔も今も妄想癖、もとい想像力のたくましい人種なのだ。
オースティンはこの作品を通して、既存のヒロイン像に異を唱え、主流だったゴシック小説のパロディに仕立てることで、新たな小説の形を提示してみせる。後の作品にも通じるように、作者のまなざしは人びとの暮らしぶりやとりとめのない会話といった、身近な日常に向けられているのである。それが、たんなるラブコメでは終わらないオースティン作品の奥深さだろう。
ただ、その諧謔精神と気概は買うが、ストーリーとしては少々おもしろみに欠ける。ヘンリー・ティルニーとのロマンスはなんのひねりもなく展開していくし、ラストはやけにあっけない。『エマ』や『高慢と偏見』から入った読者は、物足りなく感じるのではないか。
とはいえ、ここに登場する3組の兄妹の書き分けは見事。とりわけ、自己中なキャサリンとジョン兄妹の描写にくると、作者の持ち前の辛辣さは滅法冴えわたる。良きにつけ悪しきにつけ、子どもというのは親の影響を受けずにはいられないものなのだろう。タイプの異なるそれぞれの家庭をみて、「平凡、万歳」とひとりごちた私である。[Amazon]
イギリス:中野康司・翻訳
Northanger Abbey
Jane Austen


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