『ユダヤ警官同盟(上・下)』マイケル・シェイボン

タイトルとあらすじでスルーしてしまうところだった。
好きか嫌いか、でいうと私好みではないのだが、読んでよかったと思う。うまいなあ、という感じ。上巻に戻って読み返すと、その巧さがよりくっきりと浮き彫りになる。伏線の張り方が。ディテールの細かさが。人物造形の豊かさが。
ジャンルなんて関係ないからとにかく読み応えのあるものを、という人にオススメの小説。
2007年、アラスカ州シトカ特別区が舞台。
もちろん、そんな特別区は現実に存在しない。これは、1940年に「アラスカ移民法」なるものが制定され、バラノフ島(Wikipedia)に暫定的なユダヤ人自治区が築かれた、という架空の世界を舞台にしているのだ。
改変歴史小説というのは、読み手側に実際の歴史の知識があってなんぼ、だと思う。知らなくても充分楽しめるが、架空の設定と史実とのズレにニヤリとし、さらに作者の意図を汲んで唸るものだから。どうやらシェイボンの仕立てた世界は、現実よりずっと殺伐としたものになっているようだ。
さて物語は、2ヵ月後にアラスカ州への返還を控えたシトカ特別区の安ホテルで、射殺体の男性が発見されるところから始まる。
捜査に乗り出したのは、酒浸りでワーカホリックの刑事・ランツマン。訳者は「ハードボイルド・ミステリ」と表しているが、むしろアンチ・ハードボイルド。元妻ビーナの方がよほど男らしい。起伏に乏しい作品なので読むのに辛抱がいるが、被害者の身元が分かる辺りから俄然おもしろくなってくる。
それにしても、比喩表現のオンパレードには参った。ハッとする表現も中にはあるが、あまりに多用されるので鬱陶しいほど。
もっとも、悲惨で笑えない状況だと、人は直接的に語るのではなく、自虐気味のユーモアでやんわりくるんでしまうものなのかもしれない。忍従を強いられてきた流浪の民ユダヤ人のように。
ひとところに押し込められた者たちが抱く閉塞感や、心身ともに確固たる拠りどころを求める切実な願いは、想像する以上のものがあるのだろう。これは、アイデンティティ喪失に直面した者たちの物語なのだ。
だが、現実から乖離し、虚ろな世界に執着するとき、希望はいとも容易く暴力という狂気へとひた走ることになる。どんなに立派な大義があろうとも、命を軽んじる思想や宗教に、救いも未来もない。
結局のところ、故郷や安らぎといったものは、“約束の地”や“救世主”がもたらしてくれる訳ではなく、一人ひとりの心の中に生まれ、根づいていくものなのではないか。希望の光が射し込むラストに心あたたまるものの、フィクションの中の主人公の方が現実的・建設的な結論に達したのが、皮肉で哀しかった。[Amazon] [Amazon]
アメリカ:黒原敏行・翻訳
The Yiddish Policemen’s Union
Michael Chabon




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