『マンスフィールド・パーク』ジェイン・オースティン
何とまあ、何とまあ本当に、時の働きとか人間の心の変化って不思議なんでしょう!(作中より)
『高慢と偏見』や『エマ』に比べると地味だが、ボリュームといい内容といい、非常に読み応えのある一冊である。ひとりの女性が幸せを掴むまでの軌跡が、およそ10年の歳月をかけて丹念に描かれていく。初期の軽妙なものより、じっくり読ませる本書の方が私は好きだ。
円熟味を増したオースティンの筆が冴えわたる、後期を代表する傑作。
オースティンは6長篇の主人公のキャラクターをすべて書き分けているが、その中で本作のファニーは(境遇も含めて)ひときわ影が薄い。内気で控えめ。エマがいたら、「私がなんとかしてあげなくっちゃあ!」と張り切って世話を焼くかもしれない。
ヒロインも地味なら、相手役エドモンドも地味。若い割に妙に分別があって、えなり君みたいだ。そんな二人の会話は、酸いも甘いも噛み分けた老夫婦の交わす「今どきの若いもんは…」的な説教くささが漂う。
例のごとく『マンスフィールド・パーク』は、場面も人物も限られた中で展開していくスケールの小さな物語である。
だが作者は、自然園の散策、舞台の稽古、舞踏会といったエピソードや、交わされる何通もの手紙を通して、登場人物一人ひとりの個性を徹底的に描き込み、浮き彫りにしていく。その細やかな描写たるや、人間性に対する深い洞察力とそれを的確に表現する文章力なくしては為し得ない。ここに、オースティンの真骨頂を見る思いである。
特にうまいなあ、と唸ったのが、メアリー・クロフォードの人物造形。
美人で機知に富んでいて聡明な彼女は、もじもじしている主人公よりよほど魅力的である。思慮深いエドマンドでさえ、夢中になるのだから。一見申し分のない女性に思えるのだが、だんだん欠点が鼻についてくる。このあたりの微妙な描写が抜群なのだ。
作中、マンスフィールド・パークの屋敷とファニーの実家との衝撃的な格差が挿まれる。「愛があればお金なんて」という甘っちょろい考えとは一線を画し、作者はどこまでも現実的だ。
が、単純に裕福イコール幸福としている訳でもない。財産があるがために慢心に陥り、堕落する人びとの姿を通し、「人間の幸不幸を決めるものは何か」「人格形成に必要なものとは何か」といった思索を読み手に促すのである。
もっとも、愚鈍にしか思えないバートラム令夫人がどうやって良識あるサー・トーマスの心を射止めたか、未だもって最大の謎だが。
難点は、生真面目な内容に合わせたのだろうか、訳文が硬くて読みづらいこと。時代遅れの言葉づかいにいちいち引っかかってしまった。
そういえば、つい最近出た『ノーサンガー・アビー』の訳者あとがきで、新訳出版についてちらっと触れていた。中野康司訳はちょっとくだけ過ぎなのが気になるものの(だから読みやすいのだけど)、そちらを楽しみに待ちたいと思う。[Amazon]
イギリス:大島一彦・翻訳
Mansfield Park
Jane Austen


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