『蘭陵王』田中芳樹

蘭陵王小説よりも、漫画か映像で描いてほしい悲劇のイケメン王の物語。

6世紀の中国が舞台。
中国史において、ややこしさでいえばこの南北朝時代と10世紀の五代十国時代はいい勝負だと思う。まさに血で血を洗う戦乱の世。複数の王朝が乱立し、政権はめまぐるしく入れ代わる。
この頃実在した北斉の皇族・蘭陵王(高長恭)が、本書の主人公である。武勇に優れ、眉目秀麗。あまりに美しい容貌であったため、敵に侮られないために鬼の仮面をかぶって戦場に臨んだという。ははあ、凄い。

人望があり、戦えば必ず勝つ男。
味方にいればこれほど心強いことはないが、権力者の側からすれば複雑である。力ある者は、自分の地位を脅かす危険な存在でもあるのだから。
そしてご多分に洩れず、蘭陵王は活躍むなしく(かえってそれが仇となり)、時の皇帝の嫉妬を買ってついには自殺に追い込まれることになる。

そもそも歴史を振り返ってみれば、能力があるために権力者に疎まれ不遇の最期を遂げる者なんてざらにいる訳で。
彼らと蘭陵王は何が違うのかと考えてみると、やはり「顔」なのかなあ、と思う。というより、いかつい鬼の面と実際の美貌とのギャップが、彼の魅力といえるのかもしれない。
正直、乱世を生きるひとりの男として見た場合、蘭陵王の不甲斐なさは歯がゆいものがある。腐敗し切った朝廷によって心ある臣下や民衆が虐げられても、なんらアクションを起こそうともしない。ただ国が傾いていくのを嘆くばかり。
皇帝に目をつけられないように行動を慎まなきゃいけないのは分かるが、あれだけの武力と人気をもってすれば、無能な王を倒すことなど不可能ではないように思う。
専横を極めていた宰相を12年待って倒した周の王や、ルビコン川を渡ったカエサルのように、国を変革する気概は持てなかったのだろうか。

田中芳樹の作品を読むのも、蘭陵王という人物を知ったのも本書が初めてなのだが、悲運の王を描いた割にはあっさりした作品であった。
読みやすいといえば読みやすいが、登場人物の心理描写が弱いので、小説としてはちょっと物足りない。周・斉・陳が覇を競う「新三国時代」の時代情勢は分かりやすく描かれているのだけど(説明調といえなくもない)、肝心の主役が魅力に欠けるのは「タイトルに偽りあり」といった感じ。
自国の腐敗には目をつむり敵国との戦いに孤軍奮闘する姿は、同情を通り越して痛々しいものがある。どうせなら、美形という特徴をとことん活かして蘭陵王を描けばよかったのに。
ともあれ、マイナーな中国史を扱った歴史小説という意味では貴重な一冊といえるだろう。[Amazon]

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