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『鹿鼎記(全8巻)』金庸

鹿鼎記〈1〉少年康煕帝 (徳間文庫) 鹿鼎記〈2〉天地会の風雲児 (徳間文庫) 鹿鼎記〈3〉五台山の邂逅 (徳間文庫) 鹿鼎記〈4〉二人の皇太后 (徳間文庫) 鹿鼎記〈5〉経典争奪 (徳間文庫) 鹿鼎記〈6〉クレムリンの女帝 (徳間文庫) 鹿鼎記〈7〉故郷再び (徳間文庫) 鹿鼎記〈8〉栄光の彼方 (徳間文庫)

とかくヒーローという存在は応援したくなるものだが、本作の韋小宝(い・しょうほう)は到底読者の支持を得られそうにない。
好きなものは女と金と博打。勇気も根気もなく武芸はからきしだが、要領の良さと口の悪さは天下一品。
こういう人間はいつか天罰が下りそうに思うのだが、それどころか天下の康熙帝の心を掴んで順調に出世し、他方で反清復明を掲げる英雄好漢たちに一目置かれる存在にまでなってしまう。

武侠小説の巨匠・金庸が最後の作品で主人公に据えたのは、世渡りに長けた小人(しょうじん)である。これまでの金庸作品とは毛色の異なるキャラクターに、戸惑う人も多いのではないだろうか。
物語は、中国からロシアへと舞台を移しながら縦横無尽に展開していく。満洲八旗の秘密が隠された経典「四十二章経」を巡る争奪戦や格闘シーンが彩りを添えるものの、主に描かれるのは韋小宝が口八丁手八丁で難局を切り抜けていく様である。
役人も武術の達人も美女も、みな揃ってこの俗っぽい少年に翻弄されてしまうのがおもしろい。武侠小説らしからぬヒーロー像とストーリーに、中国では金庸が代作させているのではないか、という読者からの問い合わせが殺到したという。

けれど歴史を紐解いてみれば、慈悲もたいした実力もなく世渡りだけで権勢をふるう人間なんて、掃いて捨てるほどいた訳で。作者は物語を通して、私利私欲に走る人間や世俗の醜さ、覇権争いを繰り広げてきた歴史を痛烈に皮肉ったともいえる。

「つまり、実力のあるやつはご機嫌とりをしねえ。ご機嫌を取るのは、おいらのような甲斐性なしってことか」(第6巻P.336)

韋小宝みたく、自覚があるだけマシなのかもしれない。

お世辞にも品行方正とはいえない主人公だが、講談師の語る英雄譚を聞いて育ったからか、最低限の義侠心は持ち合わせている。これが本作の肝かな、と。
皇帝と反政府組織〈天地会〉の仲間たちとの板挟みで悩む姿はなかなかに読ませるし、物語の終盤、世捨て人のように暮らしていた韋小宝の元へ康熙帝からの手紙が届けられるシーンなんて、屈指の名場面だと思う。
こうしてみると、「武侠小説」というのは「侠」、つまるところ心に尽きるのではないか。最後まで好感のもてない異色のヒーローではあるが、腕力に頼らないぶん、金庸作品の要である「義侠心」というものを、より鮮明に体現しているように思う。

中国:岡崎由美/小島瑞紀・翻訳

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