『父が子に語る近現代史』小島毅

年号と出来事の羅列、あるいは傑出した人物に焦点を当てるのではなく、日本人ぜんたいの思想や行動から近現代史を捉えようと試みた一冊。
父が子に語る近現代史

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書評/歴史・記録(NF)

歴史というものを一本の木に例えてみると、事件や魅力的な人物といった目に見える「枝」や「葉」を解説した書物は数多あるけれど、それらの大本にある「根」、すなわち原因に着目したものは、案外少ないように思う。

もとより、わずか180ページの分量で近現代史を語りつくせるはずもない。
ここで書かれているのは、「歴史を捉える視点」とでもいうべきエッセンス的なものである。個人的には、ばっさりと切り落とされた枝葉にこそ、歴史を紐解くおもしろさがあると思うのだけど、それは本書の趣旨ではないらしい。
著者は中国思想史の専門家。いわば門外漢が執筆した日本史は、アプローチがいっぷう変わっていておもしろい(歴史的事実を拾い上げることに重きを置いていない、という意味で)。
特徴的なのが、「世界の中の日本」というグローバルな視点で日本史を捉えていること。
そして、歴史とはひと握りの為政者や英雄によってつくられるのではなく、「ふつうのひとたち」の思想や行動で決まる、と結論づけたこと。なかでも後者は、大著『戦争と平和』で貫かれたトルストイの歴史観に通じるところがあると思う。

ちなみに私は、著者の考えに大いに賛成である。
島国とはいえ、日本だけ孤立して存在している訳ではない。古来より、大陸との交流からさまざまな文化や制度が育まれ、諸外国と相互に影響を及ぼし合いながらこんにちの日本が作りあげられてきた。「世界史」の視点の欠けた「日本史」など、片手落ちであろう。

と、偉そうに書いているが、私は授業で日本の近現代史をちゃんと学んだ記憶がない。中学では「後は各自、読んどいて」のひと言で終わり、単位制を取っていた高校では日本史すら選択しなかった。
自国の歴史をまともに知らない、というのは、今起きている問題の何が問題になっているのさえも分からない、ということだ。中国や韓国の人たちの強い反日感情はどこから来るのか。外国人の地方参政権がなぜ議論されているのか、等々。
歴史を学ぶことは、過去を振り返るようでいてその実、現在を見つめ、未来を考える行為なのだと思う。
「司馬史観」の問題点を突くかたちで日本と朝鮮の関係、ひいては戦争責任について踏み込んだ本書は、学校では教えてくれない問題に目を向けさせてくれる貴重な一冊だ。平易な言葉で書かれているので、漠とした近現代史がすんなり頭に入ってくる。「『単純でわかりやすい歴史』ほど危険なものはありません。(P.107)」としながらも、「わかりやすい歴史」の本に仕上がっているのがなんとも皮肉ではあるけれど。

もしかしたら、「わかりやすさ」というのは両刃の剣なのかもしれない。難解な記述にうんざりさせられることはないが、たいして疑問を抱かぬままにあっさり通り過ぎてしまえるのだから。
実は本書を二度読んだ。最初は「すっきりまとまった良著だな」と感じたのだが、どうにも引っかかって再読したのだった。
高校生の娘に語りかける形式で書いているのに「自慰史観」って表現はどうよ?とか、戦後の靖国問題について触れていないのはなぜか?など、細かいことを言えばいくつかあるのだが、決定的に納得できないのが、近代の始まりの根拠である。

著者は、

問題は、なぜ十九世紀の日本には魅力的な人材が輩出したか、のほうなのです。僕は、その原因は教育にあったと考えています。(P.19)

とし、その淵源をペリー来航による開国を遡ること7,80年前、寛政の改革の頃に見出している。老中・松平定信が「学問吟味」という試験制度を導入して身分や家柄を超えて優秀な人材を登用した点を高く評価し、この教育改革が後に幕末の人材群の輩出へとつながっていったのだ、と。

しかし、役職がほとんど決まっていた江戸幕府において、学問のできる人材を、ごく一部とはいえ身分の壁を超えて立身出世させる途を開いたことは、大きな変化でした。十九世紀なかばすぎ、黒船来航以降のいわゆる幕末において、幕府を実際に動かしていたのは、決して生まれつき身分が高い旗本たちだけではありませんでした。幕府が西洋諸国への外交的対応に、それなりにきちんと当たれたのも、この効果だと評価することができましょう。 (P.29)

ある歴史的事実があったとして、それをどう読み解くかは人それぞれである。
その意味で、「歴史は唯一絶対のものではない、というのが私の立場である。」という著者の意見に異論はない。が、自説に都合の良い事実のみをピックアップして論を展開する姿勢はどうかと思う。少なくとも、寛政の改革については割愛された部分に意図的なものを感じてしまった。
寛政異学の禁は、あくまで教育現場からの追放であって、おとなが徂徠学を学んだり研究したりすること自体は、禁じられていませんでした。(P.28)」とあると一見寛容そうに思えるが、幕府は朱子学を学ぶ人間しか採用しないのだから、それ以外の学問は禁じられたも同然ではないだろうか。もっと優秀な人間の芽を摘んでいたのかもしれない。
それに、著者の記述によれば定信は先進的な教育改革者に映るが、彼の頭にあったのは武士だけで、百姓町人が学問することは徹底的に嫌った人物なのである。また、定信が蝦夷地探索を中止させたことや、海防学者の林子平や蘭学者たちを弾圧したこと(いわゆる「処士横断の禁」)なども、ここでは一切触れられていない。

つらつら思うに、「思想」というくくりで近現代史をまとめようとしたところに、ちょっと無理があるのではないだろうか。
太平洋戦争につながる日本人の精神構造を、江戸時代後半に町人と武士階層の中で生まれた自意識(日本を美化する歴史認識)から歴史的に形成されてきたもの、とする意見はなるほど、と思うし、定信が推し進めた武士道が「十九世紀の武士たちのよりどころとなっていく」側面はあるのかもしれないけれど、実際個々の政策を見た場合、近代化からは著しく逆行しているのである。
そのあたりの矛盾には触れず強引に近現代史を捉えられると、私のような偏屈な人間は、「ちょ、ちょっと待ってよ」と言いたくなるのだ。

最初に持ち上げておいて一気に落とすようなレビューになってしまったが、「二度と『騙された』などと言わないために、ものごとをきちんと判断できる力を、どうか養ってください。」と訴える著者のこと、きっと大らかに受け止めてくれるに違いない。[Amazon]

本書は、本が好き!経由で献本していただきました。

『父が子に語る日本史』
父が子に語る日本史

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