『説きふせられて』ジェーン・オースティン

説きふせられて (岩波文庫)男は思い出に浸り、女は未来を見つめる生きものだと思っていたが、かつての恋人を変わらず愛し続けるアンのような女性を見ると、どうやらそうでもないらしい。

身分差や経済力を理由に、周囲から説得されて婚約者と別れたアン。
8年後、娘の盛りを過ぎた彼女の前に、かつての恋人ウェントワース大佐が財産と社会的地位を備えた立派な紳士となって現れる。内心では相手を意識し、ちょっとした言動に一喜一憂しているのに、表面上はつとめて冷静に振る舞おうとするアンの姿がいじらしくもあり、可笑しくもあり。

オースティン最後の長篇である本書は、辛辣な人間描写や物語の起伏は控え目にして、登場人物の心の機微を繊細に捉えた一冊である。
良く言えば、情感ある大人の恋愛小説。悪く言えば、テーマの方向性が定まらなくて退屈。

『高慢と偏見』や『エマ』といったこれまでのオースティン作品は、感情にまかせて行動したために失敗した主人公が分別を持つに至る、というパターンが多かった。
が、本書のアンは最初から並はずれた分別の持ち主。そんな女性が、元彼との思いがけない再会でロマンスの炎を静かに(どこまでも控えめな女性なのだ)燃やす様が描かれており、「分別→感情」といわば逆バージョンになっている。
解説でも触れられているが、分別に重きを置いていたオースティンが、「でもロマンスも大事よね」とばかりに書き進めたような愛の再生の物語なのだ。ウェントワース大佐からの情熱的な手紙なんて、ロマンティックの極地だろう。

とはいえ新境地を見せてくれるのかと思いきや、結局ヒロインは「常識」の範囲を抜け出すことはなく、いつも通りのハッピーエンドで幕を下ろす。
「良心に苦しめられますもの」と、婚約解消したことを後悔していないアンのセリフを読んで、私はずっこけた。
結果オーライだからよかったものの、もしウェントワース大佐と再会しなければどうなっていたのだろう?あるいは、依然彼が裕福でなかったら?果たしてこの思慮深い女性は幸せをつかむことができたのだろうか。

自分の意思だけでは結婚できなかった時代。現代の価値観でもって判じるのは間違っているかもしれないが、ヒロインも作者もいろんな意味でもっとはじけちゃえばよかったのに、と思う。[Amazon]

イギリス:富田彬・翻訳

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