『説きふせられて』ジェーン・オースティン
- 2010年 5月22日
男は思い出に浸り、女は未来を見つめる生きものだと思っていたが、かつての恋人を変わらず愛し続けるアンのような女性を見ると、どうやらそうでもないらしい。
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カテゴリー : 海外文学
男は思い出に浸り、女は未来を見つめる生きものだと思っていたが、かつての恋人を変わらず愛し続けるアンのような女性を見ると、どうやらそうでもないらしい。
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「早く先を読みたい」とはやる思いと、終わりが近づく寂しさ。
そんなジレンマにもだえつつ、ページをめくっていった。「クロニクル千古の闇」シリーズもついに最終巻である。
最強の〈魂食らい〉イオストラとの対決を前に、森には不穏な空気が立ち込める。悪霊による病と異常気象。雪と氷で覆われた地表さながら、氏族たちの心も不安や恐怖で固く閉ざされてしまう。イオストラの邪悪な支配を阻止するため、一人旅立つトラクを待ち受けていたものとは…。
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とかくヒーローという存在は応援したくなるものだが、本作の韋小宝(い・しょうほう)は到底読者の支持を得られそうにない。
好きなものは女と金と博打。勇気も根気もなく武芸はからきしだが、要領の良さと口の悪さは天下一品。
こういう人間はいつか天罰が下りそうに思うのだが、それどころか天下の康熙帝の心を掴んで順調に出世し、他方で反清復明を掲げる英雄好漢たちに一目置かれる存在にまでなってしまう。
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ホラー系統の作品を集めた、日本オリジナル編集の中短篇集。6篇中4篇は、本邦初訳である。
と言われると、ものすごく得した気分になるのだけど、そもそもジョージ・R・R・マーティンの作品を読むの自体、初めてなんだった。
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書評/ミステリ・サスペンス
「ミレニアム」第二部は、人身売買および強制売春がテーマ。
スティーグ・ラーソンは根っからのジャーナリストなのだろう、人間性を踏みにじる暴力に真っ向から切り込んでいく筆致は、読んでいて痛快である。
謎解きのおもしろさや構成のうまさでいえば、少女失踪事件の真相に迫った第一作目「ドラゴン・タトゥーの女」に分があるが、ある意味本作の方がミステリアスといえる。謎めいた孤高のヒロイン、リスベットの過去が掘り起こされていくのだから。
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タイトルとあらすじでスルーしてしまうところだった。
好きか嫌いか、でいうと私好みではないのだが、読んでよかったと思う。うまいなあ、という感じ。上巻に戻って読み返すと、その巧さがよりくっきりと浮き彫りになる。伏線の張り方が。ディテールの細かさが。人物造形の豊かさが。
ジャンルなんて関係ないからとにかく読み応えのあるものを、という人にオススメの小説。
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ジェイン・オースティン6長篇の中で唯一文庫化されていなかった小説が、ついに(というかやっと)新訳で登場。
この『ノーサンガー・アビー』(ちなみにキネマ旬報社版は、「アビー」ではなく、「アベイ」)は、オースティン22、3歳頃に書かれた初期の作品である。紆余曲折を経て出版されたのは、執筆から20年近く経ってからのこと。
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スウェーデンといえば、イケア、H&M、ボルボ・・・。
これからはその中に、スティーグ・ラーソンの小説『ミレニアム』を加えることになるだろう。ミステリを敬遠しがちな私が再読してしまった、超一級のエンターテインメントである。
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『囚われちゃったお姫さま』の続編。
この〈魔法の森シリーズ〉は全4巻あり、本書は2巻目となる。読み終えて感じたのだが、これってシリーズ化するほどでもないような気がする。のっけから否定的なレビューで申し訳ないけれど。
消えちゃったドラゴン 魔法の森2
どうやら男女の仲というものは、ジグソーパズルみたいにはいかないらしい。くっついたり、離れたり、ぴったりはまっていたはずが徐々に隙間が広がってきたり…。
当人どうしが「これぞ運命の人!」と信じていても、あっけなく破局してしまうものだし、周りがあれこれ世話を焼いたからといって上手くいくものでもない。性格や好みの前に、相性や巡り合わせといった、つかみどころのない要素がでん、と立ちはだかるのが恋愛の常である。
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過去に犯した罪をどのように裁き、どう受け入れるのか。
戦後のドイツ人は、ナチズムという負の遺産を前に、徹底した自己批判とその反動とのはざまで苦しんできたといえる。
執拗に、繰り返し語り継がなければ記憶は風化する、あっけなく。その意味では、真に“戦争”が終わることはないのかもしれない。そんな終わらない戦争を、母と子の確執を通して描き出したのが、本書である。
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きっかけは、ほんの偶然。
第二次大戦下のドイツ、男女の出会いと別れのドラマから、ある食べものが生まれた。カレーソーセージ。輪切りにしたソーセージを、カレー粉とケチャップを混ぜ合わせたソースに絡めて炒めた、ドイツの庶民的な食べものである。
一見相容れない「カレー」と「ソーセージ」がどのようにして結びつき、広く親しまれるようになったのか?その誕生の謎に迫る時、戦中戦後の混乱をたくましく生き抜いたひとりの女性の人生が浮かび上がってくる。
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この世に生まれ落ちた瞬間から、誰しも「死」を背負っている。人の一生はいわば、死へのカウントダウン。
命の猶予期間をどう過ごし、どのように意義づけるのか。そんな鋭い問いかけが、深々と胸に突き刺さる傑作である。
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子どもの頃、毎週楽しみに観ていたテレビ番組に、「世界名作劇場」というアニメがあった。
私にとっては、小公女も、小公子も、あしながおじさんも、本より映像の記憶の方が鮮明である。視聴率低下による放送終了を知った時にはもう、アニメに心躍らせる年齢ではなくなっていたのだけれど、一抹の寂しさを感じたのを覚えている。
もう一度、観たいなあ。本書を読んで、そんなことを思った。
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マイナスとマイナスを足しても、プラスになることはない。その数値が大きくなればなるほど、ますます正数からの距離は広がっていく。
だが、孤独と孤独が出会うとき、共感が生まれ、癒しとなる。それは、ひとりで歩む人生の流れの中で、奇跡のような瞬間だ。
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「何がバカなのよ?やらなきゃならないとなったら、できるものよ」(作中より)
お先が真っ暗に思えた時。そこで選択すべきは、「生きるか、死ぬか」ではなく、「しぶとく生きるか、みじめに生きるか」なのではないか。
どれだけ踏みつけられようとも、不運を呪いたくなろうとも、人間には絶望の淵から這い上がれる力が、必ずある。数々の苦難にもめげず、前へ前へと進み続けた主人公リリアンがそうであったように。
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サリンジャーの小説は、とっつきにくい。ただ文字を追うだけだと、何がなんだかよく分からないままに終わってしまう。
けれど、こちらがほんの少し感性を研ぎ澄ませて臨めば、驚くほど美しい世界を見せてくれる。
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6巻シリーズの第5巻。
このシリーズ、毎回冒頭にインパクトのある場面をもってきて、その勢いで一気に物語を展開していくのだが、今回はのっけから血の匂いと憎悪が立ち込める、不穏な幕開けである。思い切りがいいというか、トラク、レン、ウルフ以外のキャラクターにはずいぶん冷たいというか、このあたり、西洋人と東洋人の感覚の違いなのだろうか。
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オースティンの小説の何がおもしろいって、卓越した人間観察力と、皮肉の効いた(少しいじわるな)ユーモアにあると思う。
主人公を取り巻く、さまざまな人間模様。ごくありふれた、どこにでも転がっていそうな日常の出来事が、彼女の手にかかるとキラキラと輝き始めるから不思議だ。
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愛国心が強い訳でも、アンチ・アメリカという訳でもないが、ハリウッドの終末モノ映画を見ると、きまって毒づいてしまう(じゃあ観なきゃいいのに)。なんでアメリカ人が人類代表で地球を危機から救っているんだ?え、なにか、アメリカは世界の中心とでも言いたいのか?etc…
そんな私でも、この作品のようにここまで堂々とアメリカナイズされるとかえって気持ちが良いものである。
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「十五少年漂流記」として親しまれてきた冒険物語の古典的名作。原題が「二年間の休暇」というのを初めて知った。
ニュージーランドの寄宿学校で学ぶ生徒たちが待ち望んでいた休暇。二ヶ月の予定だった航海が、嵐で船が漂流して図らずも二年間に及ぶ無人島生活となってしまう。
帆船に乗っていたのは、8歳から14歳の少年ら15人。子どもたちは漂着した島で力を合わせて困難と戦いながら、自分たちの生活を築いていく。
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今年は食わず嫌いしていたSFを読もう、と思い立ち、まず手に取った一冊なのだが、むっとするような熱気に圧倒された。とても50年前に書かれたとは思えない新鮮さである。
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トルストイの自伝的小説。
本書は、北御門二郎氏の未発表翻訳原稿(1979年3~6月)を出版したものである。「なぜ今、この作品?」と不思議に思ったところ、『幼年時代』『少年時代』『青年時代』三部作の出版は、亡き訳者の希望だったそうだ。
というわけで、今回新たに登場したといっても「新訳」ではない。ただ個人的に、北御門氏の翻訳には感慨深いものがある。
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銀婚式の日に、妻とともにイギリス南西部の田園を訪れる48歳のアシャースト。
そこは、二人が初めて出会った懐かしい場所だった。途中立ち寄った村で、彼は若き日の初恋を思い出す。胸に去来するは、清純で可憐な村娘ミーガンの面影。花咲くリンゴの木の下で永遠の愛を誓いながらも、身分差を理由に彼女の元から逃げ去ったかつての自分。
甘い感傷で思い出に浸っていたアシャーストだったが、地元の老農夫から、彼の不誠実な行為の結末を知らされることになる・・・。(『林檎の木』改題)
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舞台は、イギリス北部ヨークシャー。
ヒースの茂る荒涼たる自然を背景に、〈嵐が丘〉と〈鶫の辻〉二つの家族の三代にわたって繰り広げられる愛憎劇を描いた物語である。
〈嵐が丘〉の主人に拾われたヒースクリフは、屋敷の娘キャサリンと惹かれ合うようになるが、現実的な彼女は〈鶫の辻〉のエドガーを選ぶ。キャサリンの兄ヒンドリーの数々の仕打ちに堪え忍んできたヒースクリフだったが、絶望に打ちひしがれて屋敷を去ることに。
数年後、金持ちになって戻ってきたヒースクリフ。彼の猛る復讐心は、それぞれの子どもたちの人生も巻き込みながら、怒涛の結末へとなだれ込んでゆく。
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「ドラマティックな小説」で私が真っ先に思い浮かぶのが、この『モンテ・クリスト伯』である。
夢と希望に満ちあふれていた青年ダンテスが、嫉妬によって一気に幸福の絶頂から奈落の底へ引きずり落とされる。無実の罪で投獄されること、14年。孤島の牢獄でひとりの師を得、あらゆる知識と莫大な財宝を授かった主人公は脱獄し、自分を陥れた人間にひとりずつ復讐してゆく。
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普通になったな。
ジュンパ・ラヒリの最新作を読んでまっさきに感じたのは、このことである。
もっとも、ここで言う「普通」とは、「凡庸」という意味ではない。作家・ラヒリの見据えるものが確実に変わってきている、ということである。
ベンガル系インド人のアメリカ移民二世であるラヒリが紡ぐ物語は、異文化の狭間で揺れ動き、アイデンティを求めてさまようインド系移民の悲哀を映し出すものが多かった。「異文化」という要素がラヒリ作品の魅力であり、強みでもあったといえる。
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近年、グローバリズムの負の側面がさかんに取り上げられるようになってきたが、本書もその流れを汲んだ一冊といえるだろう。ドキュメンタリーよりも生々しい現代インドの姿が、ここにある。
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たとえば、ままならない現実に愚痴をこぼしたくなる時。あるいは、なんとなくやる気の出ない時。またあるいは、将来に漠然と不安を抱えている時。
そんな時、ジャック・ロンドンの小説はよく効く。ただし、優しく慰めてくれるのではなく、「甘えんなよ!」と思いっきり張り手を喰らわされる、という意味でだが。
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レビューしにくい小説があるとするなら、本書がまさにそれだ。
断片的なエピソードで紡がれた物語は、ストーリーらしきものは見当たらない。始まった、と思ったら途切れて終わり、唐突に別の場面が挿入される。一見関連性のなさそうな、別の物語が。
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ブロードウェイの喜劇王、ニール・サイモン。
名前はあまりにも有名なのに、作品を読むのは初めて。
いやあ、おもしろかった。抱腹絶倒とまではいかないけれど、随所でクスリと笑える戯曲である。
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あなた、女難の相が出てますよ。
もし、主人公・張無忌(ちょう・むき)が街角の占い師の前を通り過ぎたら、こんな言葉で呼び止められるのではないだろうか。
愚鈍で妻に頭が上がらない郭靖と、一途に突き進むがために周りと衝突する楊過。彼らの欠点なんて、たいしたことなかったな。と、思えてしまうほどのへたれキャラである。腕は立つが、優柔不断で騙されやすい。「よき指導者ではないが、いい友達にはなれると思う」と作者にフォローを入れられているところが、なんだか情けない。こんな男が射鵰三部作のラストを飾っていいものなのか。
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「読み出したら止まらない」という帯の謳い文句すら生ぬるく感じてしまう私は、完全に金庸ワールドの虜である。全作品を読破するまで、この熱は冷めないと思う。
本棚を他人に見られるのは脳内を覗かれるようで落ち着かないものだが、ネット書店の購入履歴を自分で見てもかなり恥ずかしい。いま金庸に夢中なのがバレバレだ。
考えてみれば、歴史好き、三国志好き、格闘技好きの私が武狭小説にハマらない訳がないのである。月並みな表現だが、とにかく「おもしろい」のひと言に尽きる。久しぶりに爽快な(といっても連日寝不足だが)読書を堪能した。
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すさまじい一冊である。
樹齢数千年の〈神樹〉の突然の開花から始まる物語は、近代中国の歴史と過酷な運命に翻弄されてきた民衆の姿を鮮明に映し出す。もっとも、「鮮明に」とは、上品過ぎる表現かもしれない。ここで描かれる情景はあまりにも生々しく、いまにも血と涙が流れ出してきそうなのだから。
北京五輪の開会式で繰り広げられた、中国五千年の歴史絵巻が記憶に新しい。文字の発展や大航海の始まりなど、あちらが中国の輝かしい歴史だとすれば、こちらはいわば影の側面を描いたものといえるだろう。
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読み終えたそばから読み返したくなる小説である。
ラストと冒頭で語られる「悲しみ」という言葉を、つき合わせてみたくて。
南仏の海辺を舞台に、若さゆえの無知と残酷さ、愛と陰謀を描き出した『悲しみよこんにちは』は、なんといってもそのしゃれたタイトルが印象的である。これは、ポール・エリュアールの詩の一節から取ったものだが、いまや出典元より有名だ。
好きな詩の一節を拝借、というのは文学少女なら一度は考えそうなもの。ただ、この言葉を完全に自分のもの(世界)にしているところに、センスを含めて作者の並々ならぬ力量を感じる。
観念の世界で生きていた感受性の強い少女が、生身の悲しみを知る。その感情を受け入れるに至ったひと夏を描いたのが、本書だ。
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同時代にイタリアで生まれ、ファシズムの嵐をくぐり抜けてきた女性作家。
歩みこそ似通っているものの、題材も作風もまるで異なる収録作品である。
他人と交わらず、島で空想の世界に浸る繊細な少年を描いたエルサ・モランテの「アルトゥーロの島」と、逡巡しながら生きる大人たちの姿を書簡形式で浮かび上がらせたナタリア・ギンズブルグの「モンテ・フェルモの丘の家」。
過去を回想する少年の独白で綴られた前者が、感傷的で神話めいた色合いを帯びているのに対し、後者は登場人物が多い上にそれぞれの人間が遠慮なく声(ここでは手紙だが)をあげているからか、にぎやかでぐっと世俗的である。
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偉大な文学作品は、人生の真理を突いているものである。そうでなければ、文化や時代を超えて読み手の心を打つことはないだろう。
『アフリカ農場物語』は、南アフリカのある農場を舞台に人間と自然の営みを描きながら、「いかに生きるべきか」ということを真摯に問うた作品である。
乾燥した赤茶けた大地(カルー)、点在する小山(コピ)、低木の茂み(ブッシュ)。石の間からあちらこちらに顔を覗かせる草や多肉植物。オリーヴ・シュライナーは、南アフリカの美しい自然に育まれながら思索にふけっていたのだろうか。
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ヘミングウェイつながりで一度は読んでみたいと思っていたフィッツジェラルド。
代表作『グレート(華麗なる)・ギャツビー』や『夜はやさし』から読むつもりだったが、今回古典新訳文庫から短篇集が出たので、まずはこちらを手に取った。
自選短編集なのでフィッツジェラルドを知るには最適だろう、と期待していたのだが、はっきり言って私には合わなかった。もうこの一文を書いただけで、フィッツジェラルド愛読者がこのブログを閉じるのが目に浮かぶ。けれど、好きになれないのだから仕方がない。
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ショーロホフは、私の母が愛読していた作家である。
いつだったか、映画「静かなるドン」が深夜に放送されるのをテレビ欄でチェックした母が、「これ、絶対撮っといて!」と私に頼んできたことがあった(自分はビデオ録画できないので)。
で、次の日さっそく観ることに。「ロシア文学の傑作」と聞いていたので、オープニングから出演者が日本人の時点で「?」となる。そのうちドンパチが始まる。これはどうみてもヤクザ映画だ。とんだ「ドン」違いだったのである。
映画で肩透かしを食らったこともあって、いつか『静かなドン』を読みたいと思っているのだが、いかんせん大著なので手が伸びにくい。そうこうしているうちに、『人間の運命』が復刊された。これは、5つの作品が収められた短篇集である。
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触れようとするのにするりとかわされ伸ばした手は空を切り、よく見ようとするのに靄がかかってぼんやりとしか映らない。そうしてただ、もどかしさばかりが募ってゆく。
本書を読んで、そんなことを感じた。そしてそれは、アディーナという少女が母のカーラに抱く思いそのものなのである。
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いま、福音館文庫がアツい!(と、私は勝手に思っている)
ディーノ・ブッツァーティの『シチリアを征服したクマ王国の物語』に続いて、またもやイタリア児童文学の再刊である。伝承文学好き、イタリア文学好きなら、絶対「買い」の一冊だ。
『シチリア~』ではブッツァーティの絵の才能に驚かされたが、こちらも負けてはいない。『旅の絵本』シリーズで有名な安野光雅さんによる挿絵である。こんな美しい本が700円も出せば読めるのだから、ありがたや。
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やっぱりいいなあ、ヘミングウェイ。
作家を好きになるというのは、恋愛に似ていると思う。恋は盲目。文学的価値や他人の評価なんて関係ない。好きなものは、好きなのだ。本作に関しては、冗長過ぎる感があろうが、ロバート・ジョーダンがマリアを「ぼくの兎さん」と呼ぶたびに鳥肌が立とうが、私のヘミングウェイ作品への思いは揺らぐことはない。むしろ、欠点すらも愛しく感じてしまう。
そんな人間が彼の作品を冷静にレビューするなど、どだい無理な話なのである。
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私の手元に、『京都時代MAP 幕末・維新編』なる一冊の本がある。
これは、幕末京都の地図の上に半透明のトレーシングペーパーに印刷された現代の地図が重ね合わされた、京都の変遷を俯瞰できる地図帳である。
京都観光にはお世辞にも実用的とはいえない代物なので、悦に入るのは歴史マニアぐらいかと思っていたが、関連本が数冊出ているところをみると売れ行きは上々のようだ(それとも歴史好きが多いのか)。二次元の世界とはいえ、時空を隔てた同じ場所を同時に眺められるというのは、なかなか楽しいものである。
なぜこんな話題から入ったかというと、この『時のかさなり』という小説を読んで私はこの地図帳と同じものを感じたからである。
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少し気が早いが、今年読んだ児童書の中で一番おもしろかった作品を挙げるなら、迷うことなく本書だ。
そもそも、「児童文学」という括りで分けることにたいして意味はないと思っているが。良い作品は、世代を超え年齢に関係なく、読み手の心を打つものなのだから。
とはいえ、ある程度読書を重ねてゆくと、時間を忘れるぐらい夢中になって読み耽る、という読書体験は年々少なくなってくる。とりわけ児童文学は、既存の作品の二番煎じ(ひどい場合は三番煎じ)が多いので、その中で心動かされる作品に出あうことは稀である。
ところが、この『漂泊の王の伝説』には久しぶりに圧倒された。これぞ、読書の醍醐味。現代版・アラビアンナイトの誕生だ。
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書評
本書を読んで私の脳裏をよぎったのは、オーストリアから発信された衝撃のニュースである。
父親が娘を24年間にわたって自宅地下室に監禁。性的暴行を加えて、7人の子どもを産ませていた、という事件である。日本でも大きく取り上げられたので、ご記憶の方も多いことと思う。
犯人の顔写真や地下室の様子が公開、次々と事件の全貌が明らかになるにつれて、そのあまりの悲惨さに言葉を失った。なにより衝撃だったのは、近所の人が“鬼畜”と呼ぶにふさわしい男のことを、「こんなことをするとは思えない、まったく普通の人」と話していたことだ。
外から見ただけでは、決して窺い知ることのできないもの。そのひとつが、家庭であろう。傍目にはどんなに幸せな家庭に映っても、真実の姿は中に入ってみなければ分からない。一歩足を踏み入れるとそこには、底知れぬ闇が広がっているかもしれない。本書は、「家庭」という名の牢獄に囚われた人々の物語である。
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6巻シリーズの第4巻。
前回、無理矢理〈魂食らい〉のしるしを胸に刻み付けられたトラク。それを必死で隠していたが、あるとき皆の知るところとなる。〈魂食らい〉は〈ハズシ〉となり、氏族から追放され見つけ次第殺される―。それが氏族の絶対の掟だった。
一人ぼっちとなったトラクに、死の恐怖や悪夢が容赦なく襲い掛かる。そこに〈魂食らい〉の暗躍、ウルフの献身、レンの秘密が絡み合い、物語は新たな段階へと動き始める。
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殺人的な猛暑である。
実際、熱中症で亡くなる人がいるのだから、けっして大袈裟ではない。こう暑い日が続くと、頭がおかしくなりそうだ。
暑さは人のやる気を削ぐに留まらず、狂気に走らせるのだろうか。太陽が照りつける不毛な土地で貪欲に生きた一族の小説を読んで、そんなことを思った。
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舞台は、ギリシャ・クレタ島北方沖のスピナロンガ島。
ここは、1903年から約半世紀にわたりハンセン病患者のためのコロニーだった。つまり、他の人に感染しないよう強制的に患者を隔離(という名の排除)していたのだ。こんな非人道的なことが堂々と行われていたというから驚く。もっとも、日本も褒められたものではないが。
本書は史実を踏まえ、ギリシャにおけるハンセン病の歴史と、ある一族の歩みを巧みに織り合わせながら物語を紡いでいく。
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長靴の爪先にある三角形の島・シチリア。
古くはローマ市民を震え上がらせたハンニバルで有名だが、本書はイタリア統一に揺れる時代を描いた物語だ。今でこそ「イタリア」と呼んでいるが、この頃はまだ7カ国の集合体に過ぎず、統一国家が誕生したのは1861年になってから。シチリアは、両シチリア王国が治める独立国家だった。
・・・と、私のように昔習った世界史の記憶を必死でたぐり寄せなくとも、巻末の解説を参照すればこと足りる(後で気づいた)。この作品では歴史は背景に過ぎず、物語の中心となるのは名門貴族サリーナ家の当主・ドン・ファブリーツィオ公爵である。彼の目から見たシチリアや人々、胸に去来する思いが情感たっぷりに描かれた作品なのだ。半世紀にわたる一族の興亡は、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』を彷彿とさせる。
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小説の限界と可能性を、同時に提示してみせたような作品である。イアン・マキューアンの作品を読むのは本作が初めてなのだが、傑作の名に恥じぬ小説。今度、彼の他の作品も手に取ってみよう。
主人公は、地方旧家の末娘・ブライオニー。
空想家の13歳の少女は、帰省する兄のために自作の劇を上演しようと張り切っていた。“役者”のいとこたちが思い通りに動いてくれないストレスの中、ある光景を目撃。少女ゆえの無知と空想と潔癖に突き動かされてブライオニーが作ったひとつの物語が、思いもよらぬ事件へと発展し、人々の運命を大きく変えることに。
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モスクワの公園で、神の実在性を論じ合う二人の文学者。
そこに外国人らしき怪しげな男が現れて、彼らの会話に割り込んでくる。< 教授>と名乗るその男が自信たっぷりに「イエスは存在していた」と話し始めるところで場面は一転し、捕らえられたイエスを尋問するローマ総督ポンティウス・ピラトゥスが登場。舞台は再び公園に戻り、やがて< 教授>の予言どおり衝撃的な出来事が次々と起こっていく。
< 教授>の正体が悪魔であることはすぐ明らかになるものの、この悪魔ヴォランドが4人の手下を従えてモスクワ中を大パニックに陥れる乱暴狼藉ぶりは、常軌を逸している。とりわけ、文学・演劇関係者への攻撃はすさまじい。非業の最期を遂げる者、精神病院に送り込まれる者、遠くへ飛ばされる者など、執拗なまでに痛めつけられるのだ。
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思えば子どもの頃、世界はもっと単純で分かりやすかった。できることは限られていたのに、なんでもできるような気がしていた。
いつだったろう、白でも黒でもない、グレーゾーンの存在を知ったのは。悲しいのに笑い、嬉しいのに切なくて泣きたくなる。そんな言葉にできない感情をもてあますようになったのは、いつからだったのだろう。
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主人公は、ジャック・ダニエルスン。金髪・青い目・高身長・フットボール選手・恋人アリと、いかにも「アメリカの高校生」といったキャラクターである。
ところがデートの夜、不気味な男と目が合ったことからジャックの人生は一変する。その話を聞いた父さんは急いでジャックを車に乗せ、時速100キロ以上のスピードでハイウェイを疾走。そんな彼らに追っ手が迫る。父さんは言う。「やつらは、ここで食い止める。お前は希望の光なんだ。逃げろ!」それでもジャックがためらっていると、父さんは自分の足を銃で撃ち、続けて告げる。「次は頭をふっ飛ばす。みたいか?いやなら逃げろ」
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クマの物語である。
ただのクマではない。シチリアを征服した偉大なクマなのである。
人間に囚われた我が子を救い出すため、そして飢えと寒さから逃れるため、仲間を引き連れ山を下りることを決意したクマの王・レオンツィオ。暴君・シチリア大公率いる軍隊や、人食い鬼、化け猫など、立ちはだかる敵を次々と倒し、ついには一大王国を築き上げる。これは、クマ王国の誕生から終焉に至るまでを描いた物語である。
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この人が訳した作品なら・・・と、翻訳家で本を選ぶことがある。
とくにヤングアダルト文学では、代田亜香子とさくまゆみこ翻訳作品を好んで追いかけている。
「クロニクル千古の闇」シリーズで有名なさくまゆみこさんは、アフリカを舞台にした作品を多く紹介されている翻訳家。資源エネルギー問題が絡んでいることもあるが、近年、アフリカへの世界のまなざしが熱い。ただ、注目度の割にはアフリカの実態が伝わってこないのが現状だろう。
「アフリカ」とひとくくりにしがちだが、その中にはケニアがあり、ナイジェリアがあり、ガーナがあり、他にもたくさんの国々が存在する。そこで暮らす人々はどんな景色を眺め、なにを考え、どのような問題を抱えているのだろうか。小説は、アフリカを知るための、ひとつの入り口になってくれるのではないだろうか。
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「仔鹿(子鹿)物語」というタイトルに馴染んでいたので、「鹿と少年」は突き放したような素っ気なさを感じる。しかし、甘さを廃したこの作品には、こちらの邦題の方がふさわしい。ちなみに、原題は「The Yearling」で、たんに「満一歳を過ぎた動物(ここでは鹿)」である。
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ギリシア神話が現代のアメリカに甦った、「パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々」シリーズ第三巻。
てっきり三部作とばかり思っていたのだが、あとがきによればまだ中盤らしい。いったい何巻まで続くんだ。アメリカでは、第四巻『The Battle of the Labyrinth』が最近出版されており、レビューの評価も上々で期待大。
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ポプラ社創業60周年特別企画として刊行された世界文学アンソロジー。出版社の気合と自負が感じられる重厚な一冊である。
ただ豪華なだけに値も張るので、購入に二の足を踏む人は少なくないのではないだろうか。そこで、『諸国物語』のサイトに載っている特色に沿って、本書を紹介してみようと思う。
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はじめてゴーゴリの「鼻」を読んだとき、「このおっさん、頭おかしいんじゃないだろうか。」と思った。なんとも下品な表現ではあるが。
なにしろ、朝起きると自分の鼻がなくなっているのである。なんの前触れもなく、いきなり。しかもその鼻が、床屋が食べようとしたパンの中から出てくるのである。さらに、さらに。持ち主から独立した鼻は、立派な制服を着て町をのし歩くのである。ここまでくると、想像力の針は一気に振りきれてしまう。
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書評
小学生の私にとって大雨洪水警報は、まさに天から降ってくるプレゼントに思えたものだ。
警報が出れば、学校は休みになる。朝起きて外がざあざあ降りになっていようものなら、「今日はイケるんじゃないか」と淡い期待を胸に、登校時間ギリギリまで粘っていた。同じように、風邪が流行って学級閉鎖になったときもはしゃぎ回っていた。
もちろん、子どもたちを学校から解放することが、警報や学級閉鎖の目的ではない。困っている人たちを尻目に、己のちっぽけな喜びに浮かれていたのだから、なんて不謹慎だったのだろう。それでも、学校嫌いの子どもにとってはそこから一時でも逃れられれば、なんだって嬉しいものなのだ。
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アメリカ人にとって、南北戦争は核になっていると思う(実際に尋ねたことはないが)。
南北戦争によっていまのアメリカが形作られ、戦争のずっと後に産まれた世代の体を流れる血にも、当時の記憶のようなものが脈々と受け継がれているのではないか。
牧歌的でユーモア溢れる『シカゴよりこわい町』、『シカゴより好きな町』から一転して、『ミシシッピがくれたもの』は、歴史の重みと人々の悲しみの深さを感じられる作品である。
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うそをついてはいけません。
ものごころついてから今まで、この言葉を何度見聞きしたことだろう。おとぎ話や昔話にも、うそをついた者の悲惨な末路が数多く描かれている。たしかに、うそは人を傷つける。世間を騒がせた食品偽装や耐震偽装といった“うそ”は、人の命にかかわるだけに見過ごすことはできない。
けれど、うそは本当にいけないものなのだろうか。うそで寂しさを紛らわせ、いっときの夢を見ることができる。うそで包まれた本心に目を向けることが大事なのではないか。そんなことを考えさせてくれる一冊である。
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舞台は、禁酒法時代のとある田舎町。
噂話が大好きな人々の暮らすのどかな町が、都会っ子の兄妹にとってはアル・カポネらギャングがはびこるシカゴよりもこわい場所だった。なぜならそこには、豪胆で型破りなおばあちゃんがいるから。
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書評
「ウィーツィ・バットブックス」最新刊である。
『ウィーツィ・バット』が誕生したのが1989年、日本で翻訳出版されたのがその10年後。それから約10年の歳月が流れた今、懐かしい仲間と再会できるのは、ほんとうに嬉しい。しかも、これまでの登場人物ほぼ総出演の豪華さ。
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本書を手にして、自身の初恋にしばし思いを馳せる人は少なくないのではないか。
初恋なんて、その存在に気づいた時にはもう通り過ぎてしまっているものだと思うが、ウラジミールのような体験をすれば、忘れ難い想い出になるのだろう。
物語は、真夜中の一室で三人の男たちが自分の初恋について語るところから始まる。二人はとりたてて面白いエピソードではなく、最後の男に期待が集まる。40歳前後のその男はもったいぶるように、自身の体験を手記に書いてきてそれを他の二人に読み聞かせる。その手記が、本書のメインである。
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『宝島』を知らない人っているんだろうか。
子どものための世界文学全集の中に必ずといっていいほど入っていた上に、「男の子におすすめの児童書」の筆頭に挙げられていた覚えがある。たくさんの翻訳が出されているのも、人気の高さを物語っているといえるだろう。
ただ、子どもの頃『宝島』で繰り広げられる冒険に胸躍らせた読者でも、この作品の小説としての素晴らしさを知っている人は、案外少ないのではないだろうか。かくいう私がそうだった。これまでの『宝島』が、児童文学として紹介されていたのに対し、大人の鑑賞に耐えうる作品として提示してみせたのが本書の新訳である。
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しぼりたてのヤシ油が何色をしているか、ご存知だろうか。
正解は本書に書かれているが、おそらくほとんどの日本人が答えられないだろう。そして、ヤシ油の色を知らないのと同じように、アフリカやそこで暮らす人々のことを私たちは、いや私は、何も分かっていないのだ。
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オースティンの『高慢と偏見』が少女マンガだとすれば、この『ジェイン・エア』はさしずめメロドラマといったところだろうか。
孤児になった少女は、引き取られた伯母の家で冷たい仕打ちを受け、寄宿学校に厄介払いされる。やがて成長し、家庭教師として赴いた屋敷の主人と恋に落ちるが、次々と苦難が襲い掛かってくる。
あらすじをみると、実に波乱万丈な物語である。このいかにも少女趣味的な内容が嫌でこれまで手が伸びなかった。実際読んでみると、ジェインとロチェスターとの甘い会話には辟易した。悲しいかな、恋人同士のじゃれ合いは、当人たちが真剣であるほど周囲は滑稽に感じるものなのだ。
少女時代なら胸躍らして読んだかもしれないが、ご都合主義的な展開や、二人が唐突に恋に落ちる不自然さ、ジェインほどロチェスターを魅力的に感じられないという温度差もあって、それほどおもしろいとは思えなかった。
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いわゆる「ロス疑惑」と呼ばれる事件を巡る報道で私が最も関心をもったのは、「真実は何か」ということではなく、「アジア特捜隊」なる存在だった。専門部署を設けるほど、アメリカにはアジア人(の犯罪)が多いという事実に驚いたのだ。その時はそれ以上深く考えなかったのだが、本書を読んでふっと思い出した。
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舞台は、1931年のパリ。
主人公は、駅の中に隠れ住むユゴー・カブレという孤児だ。手先の器用な彼は、壊れた時計やおもちゃを直すのはお手のもの。そんな彼がどうしても直したいのが、亡き父が遺した一体のからくり人形だ。ユゴーがからくり人形に秘められた謎を探り始めたとき、運命の歯車はゆっくりと動き出す。
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恥ずかしながら、今まで『ヴェニスの商人』を読んだことがなかった。借金の担保として肉一ポンドを要求したユダヤ人の金貸しが、逆に証文に書かれた文言によって一杯食わされる、というあまりにも有名な戯曲だ。
一休さんのとんちのようなそのくだりのイメージが強くて、意地の悪い金貸しを懲らしめる話なのだと勘違いしていた。そんな私が本書を紐解いてみようと思ったのは、最近『ヴェニスの商人』の映画を観たからである。
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「三寒四温」と言われるが、まだ寒い日が続く。先日は、厳しい冷え込みに加え、ものすごい突風が吹き荒れた。まっすぐ歩いているつもりなのに横へ横へと流されていく。その上、土埃、花粉、黄沙とも分からない異物が舞い散って目がかすみ、散々であった。
その反動で、いや、こんな時期だからこそ、南の海を舞台にした爽やかな物語を読みたくなる。
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物語を追いながら、以前読んだ『リビアの小さな赤い実』(ヒシャーム・マタール著)という作品を思い出していた。亡命して異国で暮らす作者や、アフガニスタンとイランという舞台設定、良心の呵責に苛まれる主人公が少年時代を追想する構成など、重なり合う部分が多いのだ。
翻訳作品を読む楽しみのひとつは、その国の文化や風土を感じられることだが、中近東を舞台にした小説には、日本とあまりに異なる情勢や慣習に驚かされる。
「人格」というものが、どのようにして形づくられていくものなのかは分からない。だが、さまざまな民族や宗教が混在する複雑さに加え、長年積み重ねられた歴史的背景、男女差や身分差などが厳然と存在する環境で生まれ育つことが、一個の人間に少なからず影響を与えることは間違いないだろう。
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児童ファンタジー本が、どんどん厚く、重くなっている。
あれは東野圭吾さんの短篇だっただろうか、売れる本を作るために出版社や作家が本の分量を競うようになり、最後は鉄板を仕込んで文字通り「重い」本に仕立てた、という笑えない物語があったが、最近の児童書をみると、小説の世界だけではない気がしてくる。ここまでくると、読書=筋トレ状態である。特に、このソニー・マガジンズの翻訳ファンタジーは一冊の分量が半端じゃない。児童書なのに、子どもに優しくない本である。
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真夜中12時。
それは、秘密の時間。世の中のすべてのものが凍りつく時間。ミッドナイターと闇の生き物だけが活動する時間。
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この作品は好きで、折に触れて読み返す。
設定もストーリー展開もごくありふれたものなのに、「宇宙のすみっこをめくってみる」というフレーズが出てくると、一瞬にして輝きを放つから不思議である。
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ファンタジーで、「魔女」と「ドラゴン」を登場させるのは、諸刃の剣だと思う。強烈な個性があるぶん、うまく扱えないと、既にある作品の二番煎じ(ひどい場合は三番煎じ)になってしまう。
『ハリー・ポッター』の大ヒット以降、続々とファンタジーが出版されるようになったが、どれも似たり寄ったりか、それ以下の出来でしかない。「魔女」と「ドラゴン」なんて、もうインフレ状態。この二つのどちらかが出てきた時点で、げんなりしてしまう。
というわけで、二巻目が出たつい最近まで、『魔法使いの弟子』だと思い込んでいたばかりに、本書を手に取るのがずいぶん遅くなってしまった。惜しいことをした。一見よくある「魔法モノ」を装っているようだが、中身は違う。これは、魔女が登場するファンタジーの中では、久しぶりに良質のものではないだろうか。
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『ルリユールおじさん』、『フィレンツェ幻書行』と、蔵書修復に関する本を続けて読んでいたら、「そういえば、あれも・・・」と思い出して久しぶりに再読した一冊。
主人公は、12歳の少女・メギー。彼女の父親は、本の修繕を仕事にしており、本の収集家や古本屋、図書館などから依頼を受けて出向いていく。
物語は、主人公の父親(通称・モー)が持つ、ある不思議な力をめぐって繰り広げられる。
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製本の先生に薦められて読んだ一冊。
この作品は、1966年11月に起こったフィレンツェ大洪水と、被害を受けた書物や絵画などの芸術作品を救うため、世界中から終結したボランティアのエピソードが背景になっている。
以前、水浸しになった本の写真を見たことがあるが、ひどい有り様だった。紙が水に濡れるとどんな状態になるか、だいたい想像できると思う。表紙は痛み、ページは膨張してところどころ破れている。修復後の写真も見たが、元通りとはいえないまでも、あの状態がよくここまで、というくらい見事に修復されていた。そこからは、修復家たちの執念がひしひしと伝わってきた。
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本文一ページ目から、一歩も動けなくなってしまった。
なんとか気を取り直して先へ進んだものの、いくつもの「?」に阻まれ、読み通すのにかなり時間がかかってしまった、あなどれない一冊である。
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主人公は、ヘンリーという名前の11歳の少年。
兄を事故で亡くした悲しみから立ち直れない両親を助け、町の食料品店で必死に働く。ある日彼は、ナチス・ドイツの強制収容所を生き抜いた一人の老人と出会う。老人は、木彫りのミニチュア人形で、失われた故郷の村を甦らせようとしていたのだ。
その姿に心を打たれた彼は、意地の悪い雇い主の店主に、うっかり老人のことを話してしまい、ある選択を迫られることになる。
本書は、心の優しい少年が日常の中に潜む悪に直面し、たった一人で立ち向かう姿を描いた物語である。
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本書は、リビアの特殊な政治体制の下で翻弄される人々や家族の姿を、9歳の少年の視点で描いた作品である。
最近までアメリカが「テロ支援国家」のリストに挙げていた国・リビア。政権に異を唱える者が次々と消えていく様子を、本書では「塩が水にとけるみたいに」と表現していて、ぞっとした。作者の父親も、リビアの秘密警察に拉致・拷問され、いまだその消息が分かっていないという。
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胸をえぐられるような痛みを伴う小説がある。
この世の醜さ・苦しさをまざまざと見せつけられ、自分の価値観が根底から揺さぶられてしまう。本書は、そんな一冊である。
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世間の人々から尊敬されている老作家が、休暇先のヴェネツィアで出会った一人の美少年を愛する姿を描いた『ヴェネツィアに死す』。
あらすじを読めば、本書は同性愛、もしくは小児性愛をテーマにした作品のように思えるが、むしろ芸術論に近いのかもしれない。
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ゴールド・ラッシュに沸くアラスカでは、通信手段として犬橇が用いられていた。カリフォルニアの屋敷で何不自由なく暮らしていた大型犬バックは、使用人の裏切りによって極北の大地で橇犬にさせられる。
本書は、弱肉強食の厳しい世界に突然放り込まれた一匹の犬が、恵まれた体躯と知恵でたくましく生き抜いていく物語である。
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「本の虫」を自称していながら、自分がまだ何も読んでいない「ひよっこ」だと感じるのは、こんな作品に出合った時である。
イタリアの作家自体、片手で数えるほどしか知らない。ディーノ・ブッツァーティなんて聞いたこともない。だが紹介文によれば、「魔術的幻想文学の書き手として世界的に名高い」のだという。ただその「世界」に、私が入っていなかっただけなのだろう。
ともあれ、私にとっては初めて読む作家だったのだが、とても良かった。世界には凄い作家がいるものだ。プロットの巧みさ、切れ味鋭い筆致など、短篇のおもしろさを存分に味わうことのできる一冊である。
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主人公のウィルは、11歳の少年。
父親が失業したため、家族で祖父の農場に身を寄せることになったが、両親は言い争ってばかり。そんな中、頼りにしていた祖父まで心臓発作で倒れる。さらに追い討ちをかけるように、ウィルが腹立ち紛れに撃った弾が運悪くガンに当たり、瀕死の重傷を負わせてしまう。
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旧約聖書を読んだことがなくても、「ノアの箱舟」はほとんどの人が知っているのではないだろうか。
人間の悪行を見かねた神は、いっさいの生き物を地上から消してしまうことを決意し、ノアにすべての動物のつがいを箱舟に連れて入ることを指示する。その後、大洪水が襲いかかり、40日降り続いた大雨で地上の生き物は皆、滅びる。箱舟に乗ったノア一行だけが生き残り、新たな世界を創り始める、という物語だ。
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主人公の少年・デイヴィが住んでいる町に、一人の少年が越してきた。スティーヴンと名乗るその少年は、父親が死に母親も病気で入院したため、遠縁の叔母の家に身を寄せることになったのだ。デイヴィは、気味の悪いスティーヴンに誘われるまま、粘土で作った人形に命を与える儀式を手伝うことになる。そして、その人形が動き出して・・・。
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大好きなヘミングウェイの、あの『武器よさらば』を、金原瑞人さんが訳す!
光文社古典新訳文庫のラインナップにこの作品が挙がった時、私は密かに喝采を叫んだ。大久保康雄訳が手元にあるとはいえ、ヘミングウェイを好きだと公言している訳者の手による新訳には、期待が高まる。去年新潮文庫から高見浩訳が出た時は、熟慮の末見送ったが、今回は迷わず購入。
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傑作と名高いコクトーの「恐るべき子供たち」。難解なイメージが強くてこれまで手が伸びなかったが、新訳が出たことを機に読んでみた。
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発売当初から話題になっていた本書を、遅ればせながら読んだ。
とにかく、おもしろい。上下巻合わせて800ページを超すボリュームのある作品だが、全く長さを感じることなく、時間を忘れて読みふけってしまった。
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ギリシャ神話をモチーフにしたファンタジー「パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々」シリーズ第2作目となる本書は、前作から一年後の物語である。
前作で神々の内乱を防いだポセイドンと人間のハーフであるパーシーは、またしても学校で怪物に襲われる。慌てて逃げ戻ったハーフ訓練所では、タレイアの松が何者かに毒を盛られ枯れかかっていた。さらに、捜索者となったサテュロスのグローバーが、助けを求めてパーシーの夢に出てくるように。
タレイアの松を復活させる魔法の道具の獲得と、囚われの身となったグローバーの救出のため、パーシーの冒険の旅が始まる。
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舞台は、1969年のアメリカ。
十三歳の少年・マークは、ベトナムへ従軍した兄への嫉妬と対抗心、国に対する忠誠心から、愛犬・ウルフィーを軍用犬として差し出すことを決意する。はじめは誇らしい気持ちでいっぱいだったマークだが、伝えられる戦況や、周りの人々の意見を聞くにつれて不安になっていく。
本書は、主人公がさまざまな価値観に触れる中で、悩みながら自分の頭で考え、成長していく姿を描いた物語である。
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コーミアの名を一躍世に知らしめた問題作、『チョコレート・ウォー』はおもしろかったが、どちらかというと本書の方が私の好みだ。
手に汗握る緊迫感。
息詰まる葛藤。
予測のつかない展開。
まるでジェットコースターに乗った時のような、スリルと興奮を味わうことができる。
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ゼウス、ポセイドン、アテナ、ヘルメス・・・。
ご存知、ギリシャ神話に登場するオリンポス12神の神々である。西洋文明の源であるギリシャ神話。これが“神話”ではなく、神々が21世紀の現在に存在するとしたら?それも、アメリカに移り住んでいるとしたら?
本書はそんな奇想天外な発想から生まれた、アメリカ発のファンタジーである。
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書評
高校生の頃、死ぬのが怖くてたまらなかった。
身近にいる人が亡くなった訳でも、逼迫した状況にあった訳でもない。将来のことをぼんやり考えていると、急に“死”が現実的なものとして迫ってきたのだ。目の前にはいくつかの選択肢があり、この先どんな人生を歩んでいくのかは不確かなものだったが、ただひとつ、「自分が死ぬ」ということだけは100%確実な未来だった。もしかしたら5分後には心臓が止まってしまうかもしれない。自分のすぐ側にある“死”の存在に気づいた時、ぞっとした。勉強、人間関係、クラブなど、他に悩むことはたくさんあったのに、最も私の心を占めていたのはこのことだった。
多分、「死ぬこと」そのものよりも、その先に何があるか分からないことが恐怖だったのだと思う。テレビの電源を切るようにプツンと消えてしまうのか、違う世界が広がっているのか。“死”がいつやって来てもおかしくないのに、家族や友だちが平然としていられるのが不思議だった。この時ほど、孤独を感じたことはない。
この頃本書に出会っていたら、私の心はいくらか軽くなっていたと思う。
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書評
23の作品が収められている。
作者は、アメリカ生まれのジュディ・バドニッツ。大学創作科在学中に、処女短篇集となる本書を発表し、高い評価を得たという。26歳の若さでこの完成度。私はプロの物書きではないが、彼女の才能には嫉妬してしまう。
久しぶりに小説家らしい人物に出会えたな、というのが最初の作品・「犬の日」を読んだ印象だった。正確な定義は知らないが、私の中で「作家」と「小説家」は違うものだ。「作家」は広義の物書きで、「小説家」は、日常を非日常に変えてしまうような世界を創り出す人のこと、と勝手に解釈している。
この「小説家」の中には、日常の何気ない瞬間を切り取る者や、「物語」を作る者などさまざまいるが、バドニッツの場合は、後者。といっても一つ一つの作品が物語として完結しているかというとそうではなく、完成するギリギリのところで踏み止まっているように感じられる。作品としては一応終わるものの、物語はまだ続いているという感覚なのだ(もっとも、しっかりオチのついた作品もあるが)。
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「アンチエイジング」なる言葉が、日常的に人々の間で使われるようになって久しい。
テレビをつけると、“若く・美しく”なるための化粧品やサプリメントのCMが流れ、街にはその手の商品やサービスが溢れている。
これら一連の現象に、人々の老いに対する異常なまでの恐怖が透けて見えてならない。この状況が行き着くところまでいってしまった世界が、本書である。
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家族の物語である。
幸せな過去の記憶に浸りながらはかない夢を見る、子ども思いの母親・アマンダ、脚の障害にコンプレックスを抱いて、内にこもるようになった娘・ローラ、惨めな生活から飛び出していこうとする息子・トム。
立場や性格の異なる3人の家族を中心に、追憶劇として物語は展開する。
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「海賊ジョリーの冒険」三部作の第二部。
海上都市エレニウムに辿り着いたミズズマシのジョリーとムンクたち。そこで彼らは、〈暗黒の海〉」の手先〈大渦潮〉と戦うためのさまざまな訓練を受けることに。
自らに課せられた使命の重圧に苦しむジョリー。反対に、特殊な能力に得意になって自分を見失うムンク。本書では、二人の性格の違いがはっきりと現れ、そのために生じるすれ違いも描かれる。
次第に明らかになってくる敵の正体は、最終巻への期待を膨らませる。
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子どもの頃から、本が好きだった。
ページを開けば、その場にいながらにして時空を超えることのできる“読書”という行為は、私にとって、とてもアクティブで心躍るものだったのだ。
ただ読むだけではもの足りず、自分が読みたい物語を書いたりもした。書き終えた後は、自分が大作家になった気がして誇らしかったが、実際は自己満足の拙いものに過ぎなかったのだと思う。けれど、自分で物語を生み出す時の独特のスリルを味わえたのは、貴重な体験だったに違いない。
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主人公は、ジェニファーという名のローティーンの少女。
彼女は自分の顔に自信がなく、綺麗になりたいといつも願っている。
本書は、ひょんなことから“マジックショップ”でいわくつきのヒキガエルを買った少女が体験する不思議な物語だ。
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なんてきれいな物語なのだろう。
まるで詩のような、美しい世界。まさにこれは、一篇の詩である。光と闇の両面が、端正な文章で描かれ、読者に一幅の名画を見せてくれる。
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主人公は、初老の男性。
家業である造園業を息子に譲り、自身はセスナ機での飛行を楽しむ。空を飛んでいる間は、開放的な気分になるが、地上に戻ると厄介な問題が彼を待ち受ける。
妻を亡くし、長く付き合っていた恋人は彼の元を去っていった。年老いた父はかつての輝きを失い、息子の経営は上手くいかず、娘は病に侵される。
空に飛び立つことで現実逃避していた男が、問題と真正面から向き合うようになり、地上での幸せを見つけていく。家族の崩壊と再生を描いた物語。
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同じものを見ても、人によって受け取り方はさまざまである。
例えば、夜空に輝く満月を見て、ある者はロマンティックなムードに浸り、またある者は、学術的に考察する。中には、食べものを連想して、お腹を空かせる者もいるかもしれない。
つまり、対象は同じでも、見る人間の性格や立場や心によって、あらゆる姿にかたちを変え、意味を持たせてしまうのだ。
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本書は、カナダに移住したロシア系家族を描いた連作短篇集である。
7つの短篇は時系列にそって収められているので、自由を求めてラトヴィアを後にし、慣れない異国の地で苦労しながら暮らしていくユダヤ系の三人家族の様子が、よく分かるようになっている。
一人息子のマークは、最初の短篇「タプカ」では6歳だったのが、最後に収められた「ミニヤン」では青年へと成長を遂げている。
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海賊が活躍する海洋冒険モノかと思いきや、本書はもうひとひねり加えられている。
書き出しは、こうだ。
ジョリーは海の上を駆けていた。はだしの足が一センチほど水に沈んでいる。その下には青い深淵が口をあけている。海底まで数百メートルはあるだろう。
海の上を駆けていた?この、さらりと書かれた冒頭を読むだけで、一気に物語の世界に引き込まれてしまう。
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本書は、南インド・タミル地方で(諸説あるが)5~6世紀頃に書かれた箴言詩集の全訳である。日本では、古墳時代~飛鳥時代にあたる。
作者は、詩人のティルヴァッルヴァル。私の調べた限りでは、日本で読めるティルヴァッルヴァルの作品は、この一冊だけだと思う。
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リンさんは、祖国の戦乱から逃れてきた老人だ。
腕には、生後6週間の孫娘をしっかりと抱いている。愛する故郷と家族を失った彼にとっては、孫のサン・ディウの存在だけが、生きる支えとなっている。
難民として暮らす異国の地で、リンさんはバルクと名乗る男と出会う。バルクもまた、妻を亡くし、過去に自分が犯した行為に人知れず苦しんでいた。
心に深い傷を抱えた二人の男が出会い、言葉が通じなくとも、心を通い合わせる。
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川の向こう側の林の間から、とつぜんオーロックス(ウシの原種。絶滅して今はいない)があらわれた。
冒頭の一文を読むと、そこには6000年前のヨーロッパ世界が目の前に広がっている。本を開けば、21世紀の日本にいながらにして、やすやすと物語の世界へとトリップすることができるのだ。
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戦争を描いたドイツ作品には、たくさん優れたものがあるが、本書のような切り口を初めて読んだ。
舞台は、第二次世界大戦末期のドイツ。
戦争に行った兄はロシアで行方不明になり、ナチスに反抗した父は強制収容所へ送られ、母は空襲の混乱で行方知れず。ひとりぼっちになった14歳の少女・エンフェンは、農家へ預けられ、その村でロシアから労働者として強制的に連れて来られた若者たちと出会う。敗戦が濃くなった頃、外国人労働者たちが村から連行されることを知ったエンフェンは、ロシア人の少年・セルゲイを逃がそうと決意。
本書は、人種の違いを越えて育まれた二人の交流を、生き生きと描いた作品である。
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『チョコレート工場の秘密』に代表される児童文学で有名なダールだが、彼の魅力はなんといっても大人向けの短編にあると思う。ブラックユーモアたっぷりで、最後にあっと言わせるキレのよい作品は、短編を読む醍醐味を存分に味わうことができる。
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『ハリー・ポッター』が大ベストセラーになってから、出版社は「ファンタジーものは売れる」と踏んだのか、次々とファンタジー本が世に送り出され、今や専用の棚が備え付けられた書店も少なくない。
ただ、魔法、ドラゴン、妖精といったものが溢れすぎて少々食傷気味の感は否めない。
本書は、私のように「ファンタジーはもういいや」と思っている人こそ楽しめる作品である。
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海外文学を読むにあたり、悩むことが二つある。
ひとつは、何を読むか、ということ。もうひとつは、どの訳で読むか、ということ。特に、有名な作品ほど、複数の出版社から翻訳本が出されているので、どれを読むか、いつも迷ってしまう。訳で、原書の雰囲気の伝わり方や、読みやすさが違ってくるから、余計に悩む。
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黒い背景に浮かびあがる、黄色い線で描かれた鳩。ぎょろりと丸い目がこちらをじっと見つめている、印象的な表紙である。
タイトルは、「ひねり屋」。ひねり屋とは、鳩の首をひねる者のことを指す。
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サマセット・モームが、「娯楽小説」と評しているように、古典だからと肩肘張らず楽しめる作品である。少女漫画のような内容なので、若い読者の方が、共感できるのではないだろうか。
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ひとりっ子で病弱な主人公の少年は、空想の中で兄を作り上げ、孤独を紛らわしていた。
そんなある日、屋根裏部屋で本当に兄が存在していた痕跡を見つけ、疑問に思い始める。両親が隠し続けてきた秘密とは何か。ある家族の秘密と、その背後にあったナチス・ドイツの残虐な行為を、少年の目を通して描いた物語。
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なんて美しく、優しい物語なのだろう。
デイヴィッド・アーモンドの作品を読むと、「児童書」と「一般文芸書」に分けることが無意味に思えてしまう。『肩胛骨は翼のなごり』は、彼が子ども向けの本として書いたものだそうだが、あらゆる年代の人が読んでも深い感動を呼び起こす作品である。
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フランチェスカ・リア・ブロックといえば、『ウィーツィ・バット』シリーズが有名だが、彼女の作品をまだ読んだことがないという方は、まず、この『“少女神”第9号』を手に取ってみてほしい。
本書は、ブロックのクールな作風を、さまざまな物語で楽しむことができる、実に「お得」な一冊なのだ。ブロックの魅力がギュッと詰まったベスト版といっても過言ではないだろう。彼女の作品はほとんど好きだが、その中でも本書は、自信を持っておすすめできる。
もっとも、人によって好みは違うので、彼女の独特の世界観が気に入るかどうか、本書で確かめてみたらどうだろう。
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「今まで読んだ中で、一番好きなYA作品は何か」という問いには正直決めかねてしまうが、「最も印象に残った作品は」と問われれば、私は即座にロバート・コーミアの『チョコレート・ウォー』を挙げるだろう。
『チョコレート・ウォー』は、私がYAにのめり込むきっかけとなった、忘れられない一冊だ。
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「礼節ある良き日系アメリカ人」として、周囲の人々から尊敬と人望を集める老人、ドク・ハタ。満ち足りた生活を送っているように見える彼の心には、ある忘れられない過去が影を落としている。
在日コリアンとして生を受け、日本人夫妻の養子となり、戦後アメリカへ渡る。常に「アウトサイダー(よそ者)」という意識から逃れられず、心の内は孤独だ。
原題が“A Gesture Life”とあるように、彼は体裁と礼儀で周囲に溶け込もうと懸命に努力する。ここが自分の「最後の場所」と決めて骨を埋めようとする姿が、読んでいて切なく、悲しい。なぜなら、いくら年月が過ぎようとも、どこも彼の心の安住の地にはならないから。
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ページの間から、香辛料の独特の香りが漂ってくるような作品である。
舞台は、アイルランドの小さな村・バリナクロウ。
イラン革命を逃れてきた三姉妹が、この田舎町で「バビロン・カフェ」というペルシア料理店をオープンするところから物語は始まる。長女のマルジャーンは、おいしい料理は人に癒しと活力を与えると信じて疑わない。次女のバハールは、過去に受けた暴力が原因でナーバスになっている。末っ子のレイラーは、周りを華やかな雰囲気にする美しい少女。
突然現れたよそ者に、最初はとまどっていた町の人たちだが、おいしい郷土料理に魅せられて徐々に三姉妹を受け入れるようになっていく。本書は、文化の違いを超えた心の交流を、ユーモラスに描いた物語である。
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乱読・積読・併読の本の虫による書評。 海外文学、歴史、YAなど。
Author’s Name:ぐら
長年愛読していた日経新聞に嫌気がさしたので、おもいきって他紙に変えてみた。にしても、ワイドショーと大差ない政治面はどうにかならんものかねぇ。。。(9.1)